ADHD(注意欠如多動症)の当事者で、ASD(自閉スペクトラム症)とADHDの2人の娘さんをもつなちゅ。さん。新刊『ADHDの母が伝えたい 生きづらい女の子が覚えておきたいこと』では、子どもから大人まで一生使える具体的な対応策を伝えている。親との関係は、人間関係の中でもっとも扱いが難しい。職場は辞められる。友人とは距離を置ける。パートナーとは解消できる。だが親だけは、選んでいないうえに、子どもの側の裁量権はゼロだった。「家族だから」で許されてきた言動が、本当に許されるものだったのか。その見分け方を、本書から紹介する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局、イラスト/武者小路晶子)

親の行動を「もし、近所の人だったら…?」に置き換える
親子関係では、「家族だから」という理由で、耐えがたい言動が許されがちです。でも、赤の他人にはしないような言動を親や身内がしてきたなら、それはその人の異常性を示すポイントです。
近所の人が久しぶりに会って容姿をけなしてきたら、プライベートなことに土足で踏み込んできたら、異常者と見なして距離を置くはずです。身内に対しても、その感情を持っていいんです。
あるいは、実際はしんどいのに、自分が親に過剰適応しているのに気づいていないこともあります。自分でも無理していることに気づけないので、うつ状態になったり、動けなくなったりしてから判明することも。
実家への帰省や電話の前後で、寝つき、食欲、体調がどう動くか記録してみると、親へのストレスが体に出ているかに気づくきっかけになります。
親の口ぐせ「これもあなたのため」に注意
私の実母は、家族に対する自他境界がどろどろに溶けたような人でした。
「家族のために」と言いながらいつも相手の意思などお構いなしであれこれ動いては、自分の理想通りにいかないと爆発する人。いわゆる過干渉でした。
振り返ってみれば、幼少期から、母との親子関係はしんどいものでした。母はとにかく自分がなりたかった理想の姿を娘に投影していました。服装の好みや選ぶ色のようなささやかなことから、進路や職業選択という大きなことまで。挙げればキリがありません。
成長する中で、いよいよ娘の私がその理想通りに育たないとなると、私の容姿や好みや人生の選択を、何度もみっともないと嘲笑したり、お前は何もできないと否定したりしました。
そして必ず「これもあなたのため」と言っていました。「愛情があるから、あえてお母さんが言ってあげているの」というのが母の主張だったのです。
私は、母からの否定や嘲笑を、何も言わずいつも聞いていました。反論すれば爆発するし、親というのはそんなものだと思っていたからです。そうやって母は「愛している」と言いながら、娘個人の尊厳を無自覚に踏みにじり続けていました。
自分の親のことを「おかしい」と気づいたのは、夫と結婚し、子どもが生まれてからでした。自分を知り、自分を大事にしてくれる環境に恵まれた結果、母に踏みつけられていることに気がついてしまったのです。現在、私は母と絶縁しています。
愛情の量と、子どもが生きやすくなるかどうかは、別の軸の話です。ここを分けておかないと、「愛されていたのだから、悪いのは自分だ」に戻り続けます。
周りから立派だと言われる親。実際に子どもをかわいがっている親。教育熱心で、面倒見がよくて、子どものために時間も金も惜しまない親。そういう親でも、子どもの尊厳を踏みにじり、人生をダメにするときはあります。
血がつながっていても、同じ家で暮らしていても、別の人間です。親の理屈は親のもので、自分の人生は自分のもの。このことを認識するのが、第一歩です。
なちゅ。
1980年生まれのワーキングマザー。発達障害(ADHD:注意欠如多動症)当事者。中学生と高校生の娘、そして夫も発達障害の特性を強く持つ。長女の発達障害診断をきっかけに、発達障害やそれに関連する分野の独学を開始。以来15年以上、自らの発達障害や子育てについてXを中心に情報発信を行う。仕事でも、障害福祉分野でマネジメント担当をしながら、個人事業主として講師業やスタートアップのサポートに従事。なかでも、自身の経験を活かした発達障害の親子のケアに力を入れている。
[医療監修]
本田秀夫(ほんだ・ひでお)
医師・信州大学医学部教授
1988年東京大学医学部卒。医学博士。専門は発達精神医学。信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 教授。信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部 部長。長野県発達障がい情報・支援センター「といろ」センター長。









