『AIバブル後の投資戦略』を上梓したブルーモ証券CEOの中村仁氏による、今のAI相場への向き合い方の解説です。過去のドットコムバブルやリーマンショックから、どのような教訓が導き出されるのでしょうか?

AIバブルへの注意点Photo: Adobe Stock

今がバブルなのかを判断するのは難しい

 ここまで見てきたように、現在のAI相場には、本物の技術革新としての側面と、資金循環によって膨らんだ熱狂としての側面が同居している。では、仮にこれがバブルだった場合、それはいつ、どのように弾けるのだろうか。

 この問いに答えるうえで重要なのは、「AIが不要になる日」を探しても意味がないということだ。過去のバブル崩壊は、対象となった技術や資産が突然無価値になったから起きたわけではない。インターネットはドットコムバブル崩壊後にむしろ社会へ深く浸透したし、住宅や金融もリーマンショック後に消えてなくなったわけではない。

 バブルが弾ける瞬間とは、未来そのものが否定される瞬間ではない。市場が「その未来は思ったより遠い」「思ったより儲からない」「思ったより借金に依存していた」と気づく瞬間である。

 バブルを見抜くのが難しいのは、熱狂の中心にしばしば本物の変化があるからだ。AIも例外ではない。生成AIは、文章作成、プログラミング、検索、カスタマーサポート、研究開発、教育、法務、金融など、すでに多くの領域に入り込み始めている。したがって、「AIはただの流行であり、すぐに消える」と見るのは現実的ではない。しかし、技術が本物であることと、現在の株価や企業価値が妥当であることは別問題である。

 市場価格は、いま存在する利益だけで決まるわけではない。将来の成長率、利益率、競争環境、資本コスト、規制リスク、そして投資家心理を織り込んで形成される。つまり、ある技術が本当に社会を変えるとしても、その成果がどの企業に、どの時期に、どれほどの利益として帰属するのかが不透明であれば、価格は簡単に行き過ぎる。

 バブルとは、将来への期待が資金供給を呼び、資金供給が実績を一時的に押し上げ、その実績がさらに期待を強める循環である。この循環が続いている間は、すべてが合理的に見える。株価上昇は成長の証拠に見え、巨額投資は将来需要への先行投資に見え、赤字は市場獲得のための戦略的支出に見える。

 だが、同じ事象は相場の転換後にはまったく違って見える。株価上昇は過剰期待に、巨額投資は過剰供給に、赤字は収益化失敗に読み替えられる。バブルの厄介さは、弾ける前と後で、同じ数字の意味が変わってしまう点にある。

 したがって、「いまがバブルか」を正確に断定することはほとんど不可能である。むしろ投資家に必要なのは、バブルか否かを言い当てることではなく、相場を支えている前提がどこにあり、その前提が崩れたときに何が起きるかを考えておくことだ。

ドットコムバブルとリーマンショックの教訓

 ドットコムバブルの教訓は、「正しい技術テーマでも、早すぎる投資は失敗する」という点にある。

 1990年代後半、インターネットは確かに世界を変える技術だった。人々の情報収集、消費行動、企業活動、広告、通信、金融のあり方は大きく変わり始めていた。しかし当時の市場は、インターネットが社会に普及する速度と、個別企業が利益を出す速度を混同した。

 多くの企業は、利用者数やアクセス数、話題性を成長の証拠として示した。だが、そこから安定した収益を生む仕組みは十分に確立されていなかった。広告収入も、ECも、通信インフラも、後に巨大な市場となることは正しかった。しかし、その市場が成熟するまで持ちこたえられない企業があまりにも多かった。

 ドットコムバブルは、一夜にして終わったわけではない。象徴的には2000年春のNASDAQ急落がXデーとして語られるが、実際にはその前から兆候はあった。IPO市場の熱狂、赤字企業への過剰な資金流入、実態の乏しい事業計画、株価下落後もなお「一時的な調整」と解釈する楽観論。市場は少しずつゆがみを溜め込み、やがて資金調達の窓が閉じた。

 資金調達が止まると、利益を出せない企業は急速に苦しくなる。広告宣伝費を削り、人員を減らし、成長見通しを下方修正する。すると投資家は、これまで信じていた成長ストーリーを見直し始める。株価下落が資金調達をさらに難しくし、資金難が事業縮小を招き、事業縮小が株価下落を加速させる。こうして期待の循環は逆回転した。

 ここからAI相場に引きつけて得られる教訓は明確である。AI技術が本物であっても、AI関連企業すべてが勝つわけではない。AI需要が長期的に伸びても、現在の投資ペースが正当化されるとは限らない。そして、長期の勝者が後に巨大化することと、ピーク時にテーマ全体へ投資した人が報われることは、まったく別の話なのである。

 一方、リーマンショックの教訓は、「価格下落が信用不安に変わると、危機は一気に深刻化する」という点にある。

 住宅価格の上昇そのものは、当初、多くの人にとって自然な成長に見えていた。低金利、金融商品の発達、住宅需要の増加、証券化によるリスク分散。表向きには、金融技術によってリスクが広く薄く配分されているように見えた。しかし実際には、リスクは消えていなかった。見えにくい場所へ移されていただけだった。

 住宅ローンは証券化され、複雑な金融商品として世界中の投資家に保有された。住宅価格が上がっている間は、誰もその構造を深く疑わなかった。だが住宅価格が下がり始めると、問題は単なる価格調整にとどまらなくなった。誰がどれだけ損失を抱えているのかわからない。担保の価値がわからない。取引相手が信用できない。そうした疑念が広がると、金融市場では資金の流れが急速に止まる。

 リーマンショックが深刻だったのは、損失の大きさそのものだけではない。損失の所在がわからず、しかも多くの金融機関が短期資金に依存していたため、疑念が流動性危機へと発展したことにある。信用が消えると、健全に見える主体まで資金繰りに苦しむ。市場参加者はリスクを取らなくなり、資産価格はさらに下がる。こうして、価格下落は信用収縮へと変わった。

 AI相場においても、注意すべきはこの点である。株式市場だけの調整であれば、たとえ大きな下落であっても、それはバリュエーションの見直しですむかもしれない。しかし、AIインフラ投資が借入、リース、長期契約、プライベートクレジット、保証・担保付き融資などと深く結びついている場合、問題は株価だけでは終わらない。重要なのは、「誰が最終的にリスクを負っているのか」が見えているかどうかである。リスクの所在が不透明になればなるほど、相場の調整は信用不安へと変わりやすい。