「お金を稼げなかった人」「出世できなかった人」――多くの人が思い浮かべる「人生の失敗者」のイメージです。しかし、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』の著者・山口周さんは、「その定義は間違っている」と断言します。根拠となるのは、オーストラリアのホスピスで長年緩和ケアに携わった人物が記録した、死を前にした人々が口にする「後悔」でした。人生の最終盤で人は何を悔やむのか。そこから見える「本当の失敗」とは何かを聞きました。(構成/小川晶子、ダイヤモンド社書籍編集局)
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資本には「2種類」ある
――山口さんがおっしゃっている「人生の経営戦略」は、仕事で成果を出すだけでなく、人生全般の戦略ですね。
山口周氏(以下、山口):そうです。人生の長期目標を「時間資本を適切に配分することで持続的なウェルビーイングの状態を築き上げ、いつ余命宣告をされても『自分らしい、いい人生だった』と思えるような人生を送る」と設定しています。
誰もが持っている時間資本を、人的資本、社会資本、金融資本に転換していくわけですが、重要なのは、人的資本と社会資本には「仕事をする上で役に立つ資本」と「人生を豊かにしてくれる資本」の2つがあるという点です。
人的資本で言えば、前者は財務や会計やマーケティングの知識・スキル。後者はピアノやギターといった楽器、セーリングやサーフィンといったスポーツ、カメラや絵画、料理やワインといった趣味などです。
注意しなければならないのは、最終ゴールである「ウェルビーイングの実現」に関して言えば、前者の「仕事をする上で役に立つ資本」は間接的にしか貢献しないのに対して、後者の「人生を豊かにしてくれる資本」は直接的に貢献してくれる、という点です。ここを意識しないと、時間資本を「仕事に役立つ資本」の構築だけに偏って投下するという、致命的なミスを犯すおそれがあります。
死の床で人が口にする「2つの後悔」
――「致命的」とまで言えるのはなぜでしょうか。
山口:オーストラリアのホスピスで長らく緩和ケアを務めたブロニー・ウェアは、末期を迎えつつある患者がしばしば口にする後悔が「あんなに働かなくても良かった」「友人関係を続けていれば良かった」の2つだと指摘しています。
先ほどのフレームに当てはめると、「あんなに働かなくても良かった」という後悔は「時間資本を仕事に傾斜させすぎた」という後悔であり、「友人関係を続けていれば良かった」という後悔は「仕事をする上で役に立つ社会資本に傾斜させすぎた」という後悔です。
死の床にある人が最後に懐かしむのは、会社員時代の役職や銀行の預金残高ではなく、家族や友人と楽しく過ごした時間についての思い出なのです。
「失敗者」の定義を書き換える
――想像するとよくわかります。でも、私たちは仕事をする上で役立つ資本に偏ってしまいがちですね。
山口:ウェアの指摘は、私たちに「失敗者の定義」を再考するきっかけを与えてくれます。失敗者とは「お金を稼げなかった人」や「出世できなかった人」ではありません。「働き過ぎてしまった人」「仕事ばかりに時間を使って、家族や友人との楽しい時間を過ごせなかった人」のことなのです。
加えて、金融資本の誘惑は常に強力です。私たちはともすれば3つの資本の優先順位を忘れ、金融資本の形成に時間資本を過度に傾斜させる愚行を犯してしまう。世間でもてはやされる「成功のイメージ」の虚像にとらわれず、「自分にとって本当に大事なものは何か?」という論点を、常に人生というプロジェクトの中心に置いてぶらさないことが重要です。





