すべての選択を会社や他人に委ね、「言われたことだけをそつなくこなす」という従属の生き方を続ける。一見、波風の立たない平穏な会社員人生が、いかに定年後の孤独や喪失感に直結しているかに多くの人は気づいていません。この連載では、書籍『リーダーの仮面』をベースに、全ビジネスパーソンに必須の「人間の行動原理」と、自分の人生を主導的に生きるために避けて通れない「決断の責任」について解説する。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)
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他人に決定を委ね続ける「安全地帯」の代償
40代や50代の会社員生活の中で、
「会社の方針がこうだから、それに従うだけだ」
「自分で決めて失敗するくらいなら、上司に全部決めてもらったほうがラクだ」
と、無意識のうちに「自分の意思」を放棄している人が非常に多くいます。
たしかに、自分では何も決定せず、誰かが敷いてくれたレールを走るだけの人生は、一見すると失敗のリスクがなく、心理的にも非常に安定して心地よいかもしれません。
しかし、それは自分で決めて生きるという「決定の責任」をただサボっているだけです。
自分の人生の主導権を他人に握らせたままでいるツケは、定年退職を迎えて「会社というレール」が消滅した瞬間に、恐ろしい虚無感となって一気に押し寄せます。
決めない人生が招く「安全地帯」の崩壊
『パーフェクトな意思決定』という本で私は、他者に意思決定を丸投げして生きることの恐ろしい落とし穴について、次のように警鐘を鳴らしています。
たしかに、そういう人生もあるでしょう。
ただ、一つ勘違いしてはいけないことがあります。
それは、
「決めないからといって、すべての責任から逃れられるわけではない」
ということです。
安全地帯なんてないのです。
誰かが決めたことに従う代わりに、その立場で果たさないといけない責任は生じます。
権限を持たずに、誰かの指示に従い続けるという責任です。
それが嫌なら、「変化意思」を持つことです。
――『パーフェクトな意思決定』より
自分で物事を決定しないということは、人生の主導権を放棄しているということです。
他人の言う通りに歩み、定年後に「本当にやりたいことがわからない」「やることがなくて暇すぎる」と嘆く末路は、誰のせいでもなく、サラリーマン時代に「決める訓練」を怠ってきた自分自身の責任なのです。
変化意思の「仮面」を装着せよ
この依存の病から抜け出し、自分の仕事と人生を取り戻すためには、「このままの自分でいいのだろうか」と現状の不足を直視する「変化意思」を持つしかありません。
だからこそ、ビジネスパーソンは「リーダーの仮面」の思考法に立ち返るべきです。
上司や環境に依存する甘えの「素顔」を完全に捨て去り、自分の役割と責任に誇りを持って「私はこう決めた」「この結果の責任は自分が引き受ける」と自分を主語にして語る。
その小さな決断の積み重ねこそが、あなたの「決める脳」を鍛え上げ、定年後も自律的に自走できるタフな足腰をつくります。
他人に決められた受動的な人生を今すぐ終わらせ、たとえ不確実であっても、自分の足で一歩を踏み出す勇気を持つこと。
それこそが、老後を豊かに生きるための唯一にして、最大の準備なのです。




