『ラヴ上等』の出演者は、身内には優しいかもしれないが、しかし、ヤンキーによる被害を受けた人間は、その輪の外側にいる。中ではいい人だと言われても、関係ない。むしろヤンキーの被害者にとっては「実は優しい」と美談にされれば腹が立つ人だろう。

 実際、私も中学時代にヤンキーに被害に遭い、修学旅行のバスで自分の席を奪われ、4時間の移動中にずっと立っているはめになったことがある。私の席を奪ったヤンキーは仲間内では「いい人」だったかもしれないが、被害者である私にとっては決してそうではない。

 ただ、日本には表現の自由がある。Netflixは有料の配信サービスであり、『ラヴ上等』も自分から見ようと思わなければ、見ることはない。たとえヤンキーに嫌な思いを感じる人でも、「Not For Me」(自分には合わない)と通常ならば見ずに済むものだった。

 ところが今回、この「ヤンキーファンタジー」が2つの方向から現実世界へ飛び出してしまい、本来見たくない人の元にも届いてしまった。

「更生上等!!」で失敗した法務省
40年前に本質を見抜いていた「こち亀」

 一つが記事冒頭に書いた「人に火をつけた」という発言のSNSでの拡散だ。番組内では一人の出演者の過去や後悔という文脈の中に置かれていた。

 しかし「人に火をつけた」という言葉だけが外へ出れば、当然その向こう側に「火をつけられた人」を想像する。それまで番組からは消されていた被害者が、突然現れたのだ。当然、批判は殺到する。

 もう一つが法務省による「『ラヴ上等』シーズン2」と更生保護とのタイアップポスターだ。

「更生上等!!」「立ち直りって、ラヴだ」というキャッチコピーとともに、シーズン2の出演者である小指のない全身入れ墨の格闘家が中央で座るインパクトのあるものだ。

法務省保護局のXアカウント(@MOJ_HOGO)のスクリーンショット法務省保護局のXアカウント(@MOJ_HOGO)のスクリーンショット

 Netflixの中で「元ワルだけど実はいい奴」というエンターテインメントとして楽しむのは理解するが、法を所管する行政機関がそれを「更生」の象徴として掲げるのには個人的には違和感がある。ネット上でも疑問や批判が相次いだ。

 もちろん更生した人を社会が受け入れることは大切だ。一度過ちを犯した人間を永久に排除すべきだとも思わない。しかし、つらい過去や苦しい環境の中で育ったとしても、大半の人は犯罪にも走らず、歯を食いしばって暮らしている。しかし、そうした真っ当な人たちはなかなか脚光を浴びることはない。

 漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』42巻に「仕事さがし!の巻」という有名なエピソードがある。不良から立ち直ろうとする少年に対し、周りの派出所メンバーは誉めそやすのだが、そこで両津がこう釘を刺す。