世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”出口治明元APU学長。宮部みゆき氏などから絶賛されている出口氏の『哲学と宗教全史』をもとに、哲学と宗教の視点から探る「キルケゴールの幸せ論」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

【人生と哲学】正しい生き方を選んだはずなのに、なぜ幸せになれないのか? キルケゴールが出したベストアンサーPhoto: Adobe Stock

想像以上に悪かった血液検査の数値

 自分では、かなり健康に気を使っているつもりだった。
 食事では体にいいと言われるものを取り入れていたし、できるだけ歩くようにもしていた。だから、久々の健康診断の結果もそこまで悪くないだろうと思っていた。

 ところが、血液検査の数値は想像以上によくなかった。
 あとから聞くと、胃腸の吸収がうまくいっておらず、どれだけいいものを摂っても、体に入っていない可能性があったという。

自分にとっての真理はどこにある?

 誰にでも当てはまる正解が、そのまま自分にとっての答えになるとは限らない。
 この問題を、人間の生き方そのものとして考えたのが、『哲学と宗教全史』(出口治明著)で紹介されている、デンマークの哲学者セーレン・キルケゴール(1813~1855)である。

人は自らの「主体的な真理」を求めて、生きるべきである。
優先されるべきは全体的な進歩ではない。(中略)
キルケゴールは、「この私」にとっての主体的な真理を求めることで、自己はつくられると主張しました。
――『哲学と宗教全史』より

 キルケゴールが重視したのは、世間が正しいとする答えではなく、「この私」にとって何が本当なのかを考えることだった。
 真理とは、知識として覚えるものではなく、自分の毎日の選択に関わるものなのだ。

 健康にいいと言われるものは、世の中にたくさんある。けれど、それを取り入れたからといって、自分の体に合っているとは限らない。

自分に必要なものが見えてくる!

 今は、健康法、働き方、学び方など、あらゆる分野で「こうすればいい」という答えが見つかる時代だ。
 だからこそ、正しい答えを知っただけで、わかったような気になってしまうことがある。

 キルケゴールが説いた「主体的な真理」は、誰かが用意した答えをそのまま受け取ることではない。
 自分で選び、実際に試し、その結果を見て、必要なら変えていく。
 その繰り返しの中で、「この私」にとって本当に必要なものが少しずつ見えてくるだろう。