「車乗って遊んでるとかね、危険予知ができないとかね、道楽だとか言われて、豊田章男って名前が使えなかったから使ってたんだよね」

 トヨタ側の記録とも一致する。

 2007年、当時副社長だった豊田はドイツのニュルブルクリンク24時間レースに初参戦した。しかし、この挑戦は正式な会社活動として認められていなかった。チーム名に「TOYOTA」を使えず、「Team GAZOO」で出場した。ここでいう「GAZOO」は、豊田が課長時代に関わった中古車画像システムの名称である。当時はインターネット活用への反発から「TOYOTA」の名を使えず、「画像」をローマ字にしてGAZOOと名付けた。

 本名も伏せ、2005年愛知万博のキャラクター「モリゾー」にちなみ「モリゾウ」を名乗った。参戦車はネッツ群馬で購入した中古のアルテッツァ2台。トヨタイムズは「資金はほとんどがポケットマネーだったようだ」と記している。

訓練車は80系スープラ
豊田が感じた「悔しさ」

 豊田はエンジニアではない。トヨタイムズによれば、かつて「技術部との会話が通じない」と感じていた。そこでマスタードライバーの成瀬弘から運転を学び、自らクルマづくりに向き合うことで、技術部との共通言語を得ようとした。

 訓練車は80系スープラだった。だが、すでに生産終了車である。ニュルでは欧州メーカーが発売前の開発車を走らせる。その横でトヨタの副社長が、販売終了した自社スポーツカーで練習していた。豊田はそこに「悔しさ」を感じた。

 豊田章男は創業家の人間であり、大企業副社長である。事故も失敗もトヨタの看板と切り離せない。「道楽」と見られれば、創業家の御曹司が会社を私物化していると受け取られる。

 一方、モリゾウにはその重さがない。速く走れるか。クルマの動きを感じ取れるか。サーキットでは肩書より、こちらが重要になる。本名を隠したことで、豊田章男では得にくかった経験を積めたのである。

 この現象を考えるうえで、2025年に『Academy of Management Journal』に掲載された研究が面白い。