今年11月に行われる福岡市長選挙へ不出馬を表明した、高島宗一郎市長。ここまでの4期16年という任期中に、再開発プロジェクト「天神ビッグバン」をはじめ、MICEやクルーズ船誘致、行政DXの推進など、多方面で多くの施策に取り組んできた。就任当初から力を入れてきたスタートアップ支援では、開業率7年連続政令市1位という成果を出している。まさに、福岡市が「地方最強都市」と呼ばれるようになった立役者だが、どんな思いでそれらを推し進めてきたのか。そして不出馬を決めた今、次の世代に託した願いとは? 前回の記事に続き、思いを聞いた。
*本稿は『福岡市の問題解決』(ダイヤモンド社)の著者インタビューです。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局、著者写真撮影/北嶋幸作)

時代のニーズが変わればゴールも変わる
私は常に「少し先の未来がどうなっていると良いだろう?」と想像しながら、ゴールポストを目がけて進んできました。
就任から16年のあいだに、社会状況や市民の生活は大きく変化しました。それによってゴールも先へ先へと動いていった。結果的に、たくさんのプロジェクトが立ち上がることになったのです。
例えば天神ビッグバンは、そもそもは老朽化したビルを耐震性やセキュリティの高い最先端のものに建て替えることで、都心部の安全性を高めつつ、世界から企業を呼び込もうとスタートしたものです。この地区は警固(けご)断層が真下を走っており、老朽化したビルの震災時のリスクが長らく課題になっていました。
多くのビルが建て替わり、街が新しくなったことによって、新たな雇用も生まれました。また、固定資産税収の増加を通じて、福岡市の収益構造を大きく強化する取り組みにもなりました。安定的な自主財源が増えたことで、福祉や子育て、教育など、市民生活の質の向上に振り向けられる原資が確実に厚くなったのです。
「今」を見ながら「未来」を描く
けれどこの天神ビッグバンも、市民の皆さんから諸手を挙げて歓迎されていたわけではありません。街が変わるのは、若い頃にそこで青春を過ごした人たちから思い出の景色を奪ってしまうことでもあります。
ただ、このまま何もせずにいたらどうなっていたか。災害リスクはもちろん、ネット通販が全盛の時代に、従来のファッションビルのような商業施設が厳しい局面を迎えるなかで、テナントがどんどん抜けていき、いざ建て替えようとしたときにはコストが見合わず寂しいビル群だけが残る。そんな未来さえあったかもしれないのです。
寂しい思いをしている方がいる以上、「100点の正解」ではないことは承知しています。それでも、福岡市という街が元気でい続ける未来を考えたら、誰かがやらなければいけない。私は、市民の皆さんのいろんな感情を自分が引き受ける覚悟で、改革に取り組んできたのです。



