1990年代後半から普及し始めたインターネットのおかげで、電子メールによる通信が可能になる。留学していた僕も、はじめはFAXと国際電話だったが、途中からメールを使えるようになって大きな恩恵を受けた。

 インターネットの普及によって、言葉はさらにあふれている。通信速度は年々速くなり、トラフィック量は年々対数的に増えている。この15年ほどのあいだにはLINEをはじめとするさまざまなメッセージアプリが登場し、言葉のやりとりは累乗的に増加している。

『生き延びるための会話 他者と生きることの哲学』書影生き延びるための会話 他者と生きることの哲学』(村上靖彦、SBクリエイティブ)

 さらに文字情報から動画、とくに短い動画へとオンライン上の情報の主流も変化した。言葉は増殖しているのだが、長い文章は受容されなくなった。最近のいくつかの選挙結果を見ても、長文の主張が支持を受けることはなく、端的にわかりやすいイメージが伝わる候補に票が集まっている。

 これは、単に活字を読まなくなったという問題ではない。ショート動画の流行が示すのは、会話までもオンラインでの消費に置き換わったということだ。しかも、それは短く断片化された音声の消費である。持続する言葉のやりとりは嫌われている。

 もうひとつの理由は、誰かとやりとりをするとしても文字でのやりとりになり、面と向かって会話をするプレッシャーを回避できるようになったことだ。会話の気づまりはもしかすると、面と向かって会話をするプレッシャーに慣れていないからかもしれない。