「AIに任せたのに仕事が減らない!」→名作『モモ』が教える納得のワケ写真はイメージです Photo:PIXTA

『モモ』に登場する時間泥棒は、人生を秒単位に換算し、無駄をなくして効率的に生きるよう人々に迫る。だが、筆者が注目するのは、大量の言葉を重ねながら、新しいことを何も語っていない点だ。時間を節約するほど言葉が増え、意味が失われていく。そんな現代社会の奇妙な逆説を考える。※本稿は、現象学者の村上靖彦『生き延びるための会話 他者と生きることの哲学』(SBクリエイティブ)の一部を抜粋・編集したものです。

「時間泥棒」の勧誘ロジックは
現代人にも通じるのか?

 児童文学の古典であるミヒャエル・エンデの『モモ』は、1973年に発表された。

『モモ』の世界では、時間泥棒が人知れずこっそりと人々から時間を奪い取っていく。

 円形劇場に住むホームレスの少女モモは、時間泥棒の企みをくじくために、亀のカシオペイアとともに大冒険をする。

 この児童文学は、せっかちに働いている僕たちが、知らず知らずのうちに何か大事なものを失ってしまったと訴えかけてくるだろう。僕自身、50歳を過ぎて改めて読んでみたときに響いてきた。

「灰色の紳士」と呼ばれる時間泥棒は、時間銀行の外交員のふりをして、時間を預けるように床屋のフージーを勧誘しに来る。

《外交員、XYQ/384/b氏は、灰色のえんぴつで鏡のうえに数字を書きはじめました。

「60かける60で3600。つまり1時間は3600秒です。1日は24時間。3600の24倍で、1日は86400秒。

 1年はごぞんじのとおり365日。そうしますと、1年はぜんぶで31536000秒になります。

 10年ですと、315360000秒。

 フージーさん、あなたはどれくらい生きるとお思いですか?」

「さあ。」フージー氏はへどもどしました。

「70歳、いや80歳くらいまで生きたいですね、できれば。」

「けっこう。ではすくなめに70歳までとして計算してみましょう。つまり315360000の7倍ですな。答えは、2207520000秒。」(『モモ』89~90頁)》

時間を節約すると
言葉のインフレが起こる

 時間銀行の外交員に扮した時間泥棒が、床屋のフージーを言いくるめる。70年の人生が2207520000秒の時間でできている、それだけ時間を無駄にしているのだと外交員は説く。1時間が60分、1分が60秒なのは無意味な等式なのだが、外交員はそこに何か意味があるかのように説いてフージーを焦らせる。

 僕たちがあくせくどこかの資料からエクセルに数字を転記し、パワーポイントにエクセルの数字を書き込んで別の資料を作成するのも、同じような同語反復ではないだろうか。実際、効率化を追求する職場では、やりとりがテンプレ化し、AIによる作業に置き換えられ始めている。