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定年退職などを機に、会社での地位や肩書を失うと、周囲から人が離れていく人もいれば、年を重ねても自然と人を引きつける人もいる。その違いは、どこにあるのか。知識を披露するだけでは、人を引きつけることが難しくなったAI時代に、高齢者が「面白い人」になるために必要なものとは。臨床現場で多くの高齢者と接してきた精神科医の和田秀樹氏が、「思考の自由」の重要性を説く。※本稿は、精神科医の和田秀樹『脳が若返る思考の自由』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。
歳を重ねて肩書を失っても
人が寄ってくる高齢者の特徴は?
高齢者が地位や肩書を失ったときに、人が寄ってくるのは、やはり話の面白さだと思います。
瀬戸内寂聴さんなどは、その代表例と言えるでしょう。
樹木希林さんも、寝たきりになってからも、多くの俳優さんなどが、ベッドサイドに話を聞きにきたといいます。
逆に大物政治家や大企業の社長で、肩書をすべて失った後、話を聞きにくる人というのはどのくらいいるのでしょうか?
話の面白い高齢者と言えば、一般的にイメージされるのは、物知りの人です。
たとえば、私の知り合いの磯田道史さんは、まだ50代でお年寄りとはとても言えませんが、いろいろなジャンルの古文書を読み漁り、歴史の世界のびっくりするような知識を披露してくれます。
こういう人の話は、誰もが聞きたくなるのは当然のことでしょう。
確かに歴史というのは、人を惹きつける知識だと思います。
『逆説の日本史』で知られる井沢元彦さんも、いろいろな視点で歴史を解き明かしてくれます。
また「令和」という年号に批判を加えた数少ない歴史学者である本郷和人さんも、私の知り合いと言える人ですが、やはり人が聞きたくなるような話をなさる方です。
ただ、私は彼らの話が面白いのは、知識が豊富であるからだけではなく、自分独自の視点をもっているからだと思います。
今のようにスマホがあればなんでも教えてくれる時代に、さらにAIがそれをわかりやすく解説してくれる時代に本で読んだ知識をひけらかしていても、興味をもってくれる人はまれでしょう。
人の言わないことを言う
面白いおじいちゃんをめざせ
若い人に自慢げに話しても、恥をかくだけかもしれません。
私は、知識人の時代はもう終わっていて、これからは思想家の時代だと考えています。
知識はいくらでも検索できるし、AIに訊けば教えてもらえる時代です。
しかし、思考することで知識を自分流に加工できれば、これまで同じ思考をした人がいない限りは、AIから同じ答えは引き出せません(将来はそれも可能になるかもしれませんが)。
物知りより、面白い考え方ができる人のほうが価値があることは間違いないでしょう。
年齢を重ね、経験を積むことで、あるいは社会の束縛を離れることで、人と違うユニークな考えを述べることで、話の面白い高齢者になれると信じています。
もちろん、世間の常識とあまりにずれているために、嫌う人もいるでしょう。
でも、いっぽうで人と違うことを言うことで、たとえばSNSを通じて同志が見つかかる可能性も少なくありません。
私も、いろいろなところに嫌われ、テレビにはほとんど出られなくなっているわけですが、なるべく人の言わない話をしようとすることで、それなりにファンのような人はいますし、話を面白いと言ってくれる人もいます。
私も2025年に高齢者になったわけですが、これからもこの状態を続けていけることを目標としています。すごい人気者になるよりは、人の言わないことを言う面白いおじいちゃんを目指しています。
高齢者こそ、思考を解放して話の面白い人になったほうがいいと私は信じています。
思考の自由を阻む
個人の「決めつけ」
さて思考の自由をもつとか、思考を解放するために、いちばん邪魔になるものは決めつけだと私は思っています。
ある決めつけをしてしまうと、別の考えを受け入れづらくなるし、違う意見に不愉快になってしまうというのは人間の性のような気がします。







