写真はイメージです Photo:PIXTA
生成AIが隆盛を極め、何でもスマートフォンが解決してくれる現代。物知りの価値が暴落し、村の長老が尊敬されるような時代が終わった今、老いてもすてきな「賢い人」でいるためにどうしたらいいのか。高齢者専門医が理想の老人像を語る。※本稿は、精神科医の和田秀樹『老いの品格 品よく、賢く、おもしろく』(PHP研究所)の一部を抜粋・編集したものです。
賢い「村の長老」が
尊敬される時代は終わった
歳をとっても賢い人でありたいと思い、知識を蓄えるために熱心に本を読んでいる高齢者がよくいます。日本では長いあいだ、物知りな人が賢いとされ、もてはやされてきました。
実際、メディアが未発達だった時代には、人生経験が豊富なぶん、いろいろなことを知っている高齢者が、賢い「村の長老」として尊敬されていました。
その風潮はいまも残っていて、テレビのクイズ番組で好成績をあげる物知りな芸能人は、「賢い人」というイメージをもたれます。
しかし残念ながら、時代は変わりました。物知りな人が、いくら得意げに「みんなが知らない知識」を披露しても、目の前の相手が手のなかのスマートフォンで検索すれば、はるかに詳細な情報が瞬時に出てきます。
そんな時代になり、もはや物知りの価値は暴落しています。
認知心理学においては、知識が多いほど「頭がいい」わけではなく、その知識を使って推論できることが頭のよさであるとされています。つまり、知識そのものよりも、知識を加工して新しい考え方を生む、その加工能力が重視されるのです。







