自分を責めてしまう人と、決して自分を責めない人。その差は一体どこにあるのか?
本記事では、山口周氏に「決して寝る前に読み始めないこと。一度ページをめくってしまうと止めるのは不可能です。」と絶賛され、日経新聞、週刊現代などの書評で話題となっている『極限の漂流118日間』をもとに、「自分を責め続ける人の残念な習慣」についてライターの照宮遼子氏に寄稿いただいた。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

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悔いが残る決断

 海外旅行はいつも自分で手配しているが、予定が崩れた瞬間、すべてを自分で何とかしなければならない心細さを感じる。

 飛行機が大幅に遅延し、予定していた便に乗り継げない。ようやく目的地に着いたころには、その日に行くはずだった場所はもう閉まっている。限られた旅の一日は、あとから取り戻すことはできない。

 別の日程を選んでいれば――遅延は自分のせいではないとわかっていても、手配したときの判断を悔やまずにはいられない。

なぜ自分の判断を責めてしまうのか?

 アドレナリン全開の航海アドベンチャーとラブストーリーが融合したとてつもない実話『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)には、船を失った直後、自分を責め続けるモーリスの姿が描かれている。

船が沈んだら、責任の所在ははっきりしている。船長だ。船長以外にない。(中略)
船はふたりの家であり、未来でもあった。その大切な船をなすすべもなく沈ませてしまった。それはモーリスの過ちだった。全面的に、そして個人的にも。モーリスでなくほかの誰かだったら、どうすべきかわかっていたかもしれない。

――『極限の漂流118日間』より

 モーリスは、出発日や航路、沈没直前の対応を何度も振り返った。
 別の判断をしていれば、船を失わずにすんだのではないか。けれど、本当にそうだったのかは、もう誰にも確かめられない。

 予定どおりにいかなかったあとでは、選ばなかった道のほうが正しかったように見える。「あのとき別の選択をしていれば」という思いが残るほど、過去の判断を悔やみ続けてしまう。結果を知った今だからこそ、あのときの自分に厳しくなるのだ。

自分を責める心に寄り添ってくれる

 理由がわからないままだと人は自分の中に答えを探してしまうが、自分を責めることで見つけた答えが本当に正しいとは限らない。
 自分ではどうにもできなかったことまで、自分のせいにしなくてもいい。

 本書は、夫婦が海の上で118日間を生き延びた記録でありながら、過去の判断を悔やみ続けている人にも寄り添ってくれる。あのとき別の道を選んでいればと、今も自分を責め続けている人にも有効かもしれない。