情報の出どころを
必ず確認する
真贋を見分ける2つ目の方法は、情報源を確認することです。情報源を確認し、信頼できる情報源であれば嘘は少ないと考えられます。一方、信頼できない情報源であれば嘘や誇張が混じる可能性を考慮する必要があります。
私たちが新聞紙面やインターネットで記事を読むとき、それが中立的な立場で書かれた記事か、企業等の監修のもとに書かれた広告かを区別すると思います。中立的な記事であれば信頼するでしょうし、広告であれば「盛ってあるだろう」という疑いのもと、話半分で読むはずです。
もちろん信頼できる情報源だからといって、鵜呑みにするのはよくないことですが、私たちが身の周りの文章をつねに疑って読むことには限界があり、哲学者でもない一般人の私たちは、そうした徹底した懐疑主義に耐えられないのではないでしょうか。
私たちが知的であるためには、信頼できる情報源が提供する情報を知識として蓄え、そうした知識群にもとづいて知性のネットワークを脳内に形成し、それを学習によって発達させる必要があります。
では、比較的嘘が少ない情報源はどんなものでしょうか。まず思いつくのは学校等で用いられる教科書や参考書です。かりに教科書や参考書が嘘まみれだったら教育は成り立ちません。また、官公庁などの公の機関が出す公文書や調査報告もまた信頼できる情報源です。公文書や調査報告に嘘が混入していたことが判明した場合、国会で追及されるなど、大変なことになるのはご存じのとおりです。
さらに、大学等の研究機関が出す論文や報告も信頼できる情報源です。研究者の書いた論文に意図しない誤りは含まれるかもしれませんが、意図的に改竄された嘘のデータが入っていると、研究者失格の烙印を押され、深刻なケースでは失職というペナルティを科されます。
そうした厳しい目にさらされているという点で、教科書、公文書、論文は信頼できる情報源の代表的なものといえます。新聞社や出版社の発信する情報は、この3つにくらべれば情報源の信頼性はやや劣りますが、すでに述べたように校閲を経ているという点でそれなりの信頼性は担保されているものと思われます。







