スマートフォンを見ながら口元を押さえる女性写真はイメージです Photo:PIXTA

東日本大震災から14年の日、歌手のaikoが投稿した「どうか震源地が東京でありますように」という言葉が波紋を呼んだ。一見すると不謹慎にも思えるが、前後の文脈を読めば別の真意が浮かび上がる。SNSで言葉が切り取られやすい今、私たちは他人の発言をどう読めばいいのか。※本稿は、言語学者の石黒圭『本物の読解力』(SBクリエイティブ)の一部を抜粋・編集したものです。

死に関わる婉曲表現が
伝わらない時代に

 近年、婉曲表現が伝わらないという内容が、ネットで話題になることが増えています。私が知るかぎりでも、「身内の不幸」「無言の帰宅」「安らかに眠る」の3つが立て続けに話題になりました。

身内に不幸があったので、会社を休ませていただきます。

 にたいして、「お身内の方が幸せになることを願っています」という返信が来たり、

行方不明だった夫が無言の帰宅となりました。

 というSNS上の報告にたいして、夫が帰宅しても何も話さないと誤解されて、「きっと何か事情があるのだろうから、今は何も聞かないであげてほしい」という趣旨のコメントが付いたりするそうです。いうまでもなく、「身内の不幸」「無言の帰宅」は亡くなった方にたいして使う言葉です。

 また、「安らかに眠る」は、芸能人の辻希美さんのご長女が第5子の妹さんを「18歳差姉妹です」と抱く姿に「安らかに眠る妹」という言葉を添えて某民放局がニュースサイトに記事を公開し、炎上したものです。「安らかに眠る」は死を想起させるものとして、記事に批判が殺到した模様です。

 日本語は死を表す婉曲表現、「息を引き取る」「この世を去る」「永眠する」「旅立たれる」「天に召される」「他界する」「生涯を閉じる」「天寿をまっとうする」などが豊富であり、いわゆる忌み言葉としてよく使われてきました。

 しかし、こうした婉曲表現は、若い世代を中心に徐々に通じなくなってきている可能性があります。逆に、若い世代の方々はこうした表現を年長者が使用した場合、死を意味する言葉の可能性があると考え、辞書を引いて確かめてみる必要がありそうです。

言葉の背後にある
「真意」をどう読むか

 私たちが文章を書くとき、自分の思いをすべて言葉にしているわけではありません。私たちの言葉の背後には、何のためにそう書いたのかという意図がありますが、文章のなかでは意図を直接表さない間接表現を用いて意図を言葉にしないことが多く、解釈は読み手に委ねられます。

 たとえば、私が夜の10時に次のようにSNS上でつぶやいたとします。

長女がまだ家に帰ってこない……

 そうすると、その投稿を見た読み手は、遅くなってもまだ家に帰ってきていない「心配」、娘に早く帰ってきてほしいと願っている「願望」、この時間になってもまだ帰宅しないことへの「不満」、その投稿を本人が見て連絡をくれることを狙った「期待」など、いくつもの意図を読みこむことができます。しかし、その意図のどれが正しいのか、確かめるのは困難です。

 2025年3月11日の午後2時47分に、歌手のaikoさんがXで次のような投稿をしました。

2011年の3月11日の午後2時46分に私はMステのリハーサルをしていました。あまりの揺れに「…どうか震源地が東京でありますように」って願いながら机の下にいました。

毎日を大切に毎日に何でもない時にも感謝して生きていきたい。

 ちょうど14年前の同じ時刻、東京でも震度5強の地震を体験したaikoさんの率直な思いが表れた投稿でした。この投稿の意図は、今自分のいる東京でもこれほど激しい揺れだったのだから、離れたところが震源地だった場合、その周辺ではもっと大きな揺れが起きているはず。そうした事態が起きていないことを願うものだったと説明しました。