しかし、それにたいして、一部のネットユーザーから批判が上がり、aikoさんは自らの言葉足らずを謝罪したといいます。

 これについては、aikoさんを擁護する意見や、文脈から切り離して「…どうか震源地が東京でありますように」という言葉だけを取り出して批判をするネットユーザーへの批判も出たようです。

 私自身は、aikoさんの意図のとおりに前述の投稿を理解しました。ご本人の本当の意図を真意と呼ぶことにすると、それがaikoさんの真意だったとも思います。

 しかし、当時、東京のマンションの高層階で東日本大震災の激しい揺れを体感していた方や、都心の職場にいて帰ることもできずに不安な一夜を過ごされた帰宅困難者の心の傷を思うとき、「…どうか震源地が東京でありますように」という投稿を見て当時のトラウマが疼き、aikoさんの真意を汲み取れなかった方がいたとしても仕方がないと思うのです。意図は取り扱いの難しい問題です。

政治家の「失言」を
どう読み解くか

 一方で、政治家の失言というのも後を絶ちません。支持者にたいするリップ・サービスの結果であることが多いようですが、失言にはその政治家の考え方が反映されていると思います。同じ地震の例を取り上げましょう。

また運のいいことに、能登で地震があったでしょ。能登で地震があった時に、輪島だとか、北の方。その地域には、寸断された道をずっと歩いて2時間半とか3時間かかるんです。

被災者は金沢に住んで、いちいち自分の被災した家を点検しにいくような作業を、ずっとしておられたわけですね。輪島市の市役所もないのに、金沢市に住んで、新しい被災事業のための補助金をもらうのに、自分は住民票をいちいち、市役所がまともに動いてもいないところで、おかしいじゃないというような話で。

結局、緊急避難的ですけど、金沢にいても輪島の住民票が取れるようになっていったんですよ。やればできるじゃないかと私は思いました。チャンスです。だから、2つの地域で住民票登録できるんだ。
(https://www.asahi.com/articles/AST792HP6T79PXLB00PM.html)