2023年夏、「Enjoy Baseball」を理念に掲げた慶應高校野球部が甲子園で優勝し、勝利至上主義の人々からやっかみ混じりの批判を浴びました。しかし『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』の著者・山口周さんは、「Enjoy Baseballこそ、競争戦略として最も強力なアプローチだった」と断言します。その理由と、人生の経営戦略への活かし方について聞きました。(構成/小川晶子、ダイヤモンド社書籍編集局)

長く成果を出し続けられる人の共通点・ベスト1Photo: Adobe Stock

孔子が見抜いていた「最強の戦略」

――「楽しむこと」を目指すのは趣味の世界の話で、仕事や勝負の世界はそんなに生やさしいものではないと考える人もいると思います。仕事に楽しさを求めることについて、どう思われますか?

山口周氏(以下、山口):楽しむことこそ大事ですよ。今から2500年前、孔子は「論語」でこう語っています。「これを知るものはこれを好むものに如かず。これを好むものはこれを楽しむものに如かず」。あることを知っているだけの人は、それを好んでいる人には勝てない。しかし好んでいる人も、楽しんでいる人には勝てない、と言っているんです。

この言葉を踏まえれば、慶應高校野球部が2023年夏に掲げた「Enjoy Baseball」が実は最も強力な競争戦略だったことがよくわかります。厳しい勝負の世界で、「とにかく野球を楽しむこと」を理念としている野球部が優勝しました。「そんなに甘いものではない!」と言いたい人はいるようですが、実際に結果を出していますから。

私たちはパフォーマンスを上げるために「つらいことでも頑張らねば」と考えがちですが、孔子に言わせれば、その先には敗北しか待っていません。本当にパフォーマンスを上げたいなら、むしろ「楽しむこと」こそが求められるのです。

才能より大事なもの

――キャリア戦略にあてはめると、自分が楽しいと思える仕事を選ぶのが良いということでしょうか。いかに楽しくても、才能のある人にはかなわないという場合もありそうですが……。

山口:棋士の羽生善治さんが興味深いことを話されていました。子どもたちと将棋を指すと、たくさん手が読めるとか、正確に指せるなど、一局でその子の素質はかなり見えるそうです。ところが、素質豊かな子が全員そのまますくすく育つかというと、そうでもない。羽生さんが個人的に大事だと考える要素は「地道に着実に続けられる」ことです。将棋はとにかく長くやっていくものなので、10年20年経つと手を読む速さなどはあまり関係なくなり、根気よく粘り強く続けられることの方が、資質や才能より大事だというんです。

これは人生の経営戦略に大きな示唆を与えてくれます。私たちは「自分にはどんな才能があるか」を職業選択の立脚点にしようとしますが、超長期のプロジェクトである人生を戦う上で、その立脚点は脆弱です。

特にこれからは健康寿命の長期化で、多くの人が70~80代まで働くことになります。「長く続けられる」という要件は、決定的に重要になってくるのです。

日本に根強い「生まれつき信奉」

――才能といえば、近年「地頭」という言葉もよく使われている気がします。

山口:海外と比較して、日本には「生まれつきの才能やセンスを持っているヤツにはかなわない」という先入観が根強いですね。「地頭」という奇妙な概念は英語には存在しません。

これは社会心理学者のキャロル・ドゥエックが「硬直マインドセット」と名付けた考え方です。「成功できるかどうかは生まれつきの資質で決まる」から「才能に恵まれない自分が努力しても無駄」という発想ですね。真逆が「しなやかマインドセット」で、「自分には才能がなかった」とあきらめたりせず、失敗しても「よし、もう一回」とチャレンジしようとします。

この違いは「気概」や「根性」で生まれるとされがちですが、なんのことはない、「好きでやっている人」は何度失敗してもやり直そうとする、というのが孔子の指摘の本質です。

人生は超長期にわたるゲーム。才能やセンスよりも「長く努力を続けられる」ということのほうが、要素として決定的なのです。