Photo:PIXTA
国内有数のホテルチェーンへと成長したアパホテル。その始まりには、周囲の常識とは異なる道を選んだ創業者の大きな決断があった。現在のアパグループにも受け継がれる「変化」への考え方とともに、アパホテル誕生の舞台裏をたどる。※本稿は、アパグループ専務の元谷 拓『1秒で突破する覚悟「いま、この瞬間」を生き抜く言葉55』(あさ出版)の一部を抜粋・編集したものです。
アパグループの経営哲学
「朝令朝改」とは?
私は「CHANGEの中にCHANCEがある」とよく言います。
英語のC・H・A・N・G・Eの中にはC・H・A・N・C・E――つまりチャンスが隠れています。C・H・A・N・G・Eの“T”(タブーやトラブル)を取り除けば、残るのはチャンスです。私はこの考え方が好きです。
厄介な“T”をどう扱うかで、ピンチはチャンスに変わります。
アパグループの一部の幹部の考えの中に、「朝令朝改」という言葉があります。
朝に決めたことでも、さらにいい手が見つかれば、その日のうちに、すぐに変える。守るより、磨く。決定に固執せず、動きながら最適化していく。変化が日常です。
愚痴を言うより、前へ進む。そういう“乗り遅れない文化”が、会社の強さを支えているのです。
もちろん、このような挑戦のプロセスのすべてが、順風満帆だったわけではありません。新しいことを始めれば、社内外問わず、必ず反対意見も出ますが、「反対が多いときほど、やる価値がある」と固く思っています。“あまのじゃく”のように感じられるかもしれませんが、全員が賛成する頃には、もう遅いことがほとんど。ですから「周りの反対を超えて、やり切れるかどうか」という胆力が問われるのです。
関係者ほぼ全員が反対した
ホテル事業への進出
住宅事業が順調だった頃、父はホテル事業に進出しようとしました。当時はまだホテルを一軒もやっていない時代です。
銀行も、社員も、取引先も、ほぼ全員が口をそろえて言いました。
「やめておいたほうがいい」
「ホテルの7~8割は赤字だ」
「今うまくいっている住宅だけやっていればいいじゃないか」
常識的に考えれば、その通りかもしれません。しかし父は、こう判断しました。
「全員が反対するなら、今がチャンスだ。みんなが賛成する頃にはもう遅い」
そして1984年12月12日、金沢片町に「金沢ファーストホテル」(当時)としてアパホテル一号店を新規開業させたのです。
あのとき、反対意見に流されてホテル事業をあきらめていたら、今のアパグループはありません。住宅とホテルという2つの柱があるからこそ、激動の時代もグループ全体として成長を続けてこられたのだと思います。
「変化に対応する」とは、自ら舵を取り、状況に合わせて最適解を出すことです。
予定調和より現場最適。環境にこだわり、機会を自分で掴みに行く。
そういう人こそが、本当の意味で「変化に強い人」です。







