誤解しないでいただきたいのは、文化交流そのものを否定しているわけではないということです。私自身、日本大使館で勤務していたので、文化広報の役割がどれほど重要かはよく理解しています。
日本の文化を紹介し、日本を好きになってもらう人を増やす。文化行事を開き、交流を深める。それ自体は、各国の外交において当然の活動です。
・交流の名目で招待する
・歓待する
・良いところを見せる
ここまでは、どこの国もある程度やることです。
しかし、その先に「情報を持ってこい」「将来、利用できる関係を築け」「弱みを握って後で使え」という意図があるなら、それは単なる文化交流ではありません。そこから先は、スパイ活動や影響力工作の領域に入ってきます。
実際、音楽や美術といった一見、政治と無関係に見える分野でも、中国に招かれ、大学や学校で教える、文化交流の名目で滞在するということはあります。
本人に悪意がなく、純粋に楽しく活動しているケースもあるでしょう。周囲から見ても、学術交流、文化交流の1つにしか見えないかもしれません。
ただ、問題は「今、この瞬間に何か悪いことが起きているか」だけではないのです。
学生本人が気づかないまま
「利用」される可能性も
どのような人に囲まれ、どのように優遇され、どのような認識を持って帰ってくるのか。あるいは、数年後に、その関係がどのように使われるのか。そこまで見なければ、本当の意味では判断できません。
有名人や文化人、スポーツ選手などは、特にそうです。中国で人気がある人物が現地で厚遇されれば、それだけで中国にとっては大きな意味があります。将来的にイメージアップに使えるかもしれないし、宣伝にも利用できるかもしれない。
『日本を静かに侵食するスパイの手口』(勝丸円覚・青春出版社)
国家レベルの工作でなくても、影響力のある人物を自国寄りにしておくことには十分な価値があります。
だからこそ、本人だけではなく、周囲がしっかり見ておく必要があります。
行く前と行った後で、言動が変わっていないか。何か極端な発言をするようになっていないか。考え方が不自然に偏っていないか――この種の影響というのは、必ずしも本人が「自分は利用されている」と理解したうえで進むとは限りません。
むしろ、本人は善意で動き、交流を楽しみ、評価されていると思っていることのほうが多い。それがこの問題をより難しくしています。
学問や芸術、スポーツは、本来は開かれているべきものです。同時に、そこに入り込み、そこでできる人脈や信頼関係を利用しようとする動きに対しては、警戒することも必要なのです。







