つまり、留学は教育の機会であると同時に、人脈形成の場でもあるわけです。
日本の難関大学を目指す中国の学生は一定数存在し、中国人学生専門の予備校や塾まであるといわれています。
背景には、中国国内の受験競争が極めて厳しいという事情もあるでしょう。日本の大学に進むことが、現実的な進路選択として成立している面もあります。
したがって、ここでも大事なのは、「中国人留学生は危険だ」という乱暴な議論ではありません。
善意を前提にした教育現場に
安全保障リスクが潜む
ただ、一方で国家の意向、家族の意向、将来の人脈形成、そういった複数の目的が重なっている可能性がある以上、学校側は「善意の前提」だけで運営してはいけないということです。
『日本を静かに侵食するスパイの手口』(勝丸円覚・青春出版社)
留学生を受け入れたその先にあるリスクにどう備えるかまで考えているかというと、まだ不十分と言わざるを得ません。今後、スパイ防止法の整備が進めば、この問題も改めて問われることになるでしょうが、教育現場がそこにどこまで対応できるかは大きな課題になっています。
学校や大学の研究室は、企業よりも開かれた場であり、善意や交流を前提として成り立っています。その開かれた場所から流れ出た情報が、最後には国家レベルの不利益になって返ってくることは、何としても防がなくてはなりません。
知の交流が、そのまま技術流出の入り口にもなる。人の交流が、そのまま人脈工作の入り口にもなる。
だからこそ、教育現場や研究機関もまた、安全保障の最前線の1つだという意識を持たなければならないのです。







