当時、私が社長兼CEOに就任してから1年半になっていた。現役の会長が刑事事件で逮捕されるかもしれない。そんな前代未聞の異常事態に、社長としてどう対処すべきなのか……。

 重大なトラブルが起きた時は、できるだけ事実と本質だけを見て、物事を単純化して考える必要がある。

 日産のV字回復にカルロス・ゴーンが果たした功績は大きく、歴史に残る偉業であることは疑いない。しかしそれとこれとは全く別の問題で、不正は不正として厳正に対処すべきなのだ。正面から向き合うしかない。私はそう腹を決めた。

 残念なことに、今津監査役の報告によって、彼がこの重大案件についてすでに他の日本人役員に相談を持ちかけ、協力を仰いでいたことが判明した。しかもその役員は渉外担当、つまりこの件に関しては全く権限のない人間である。

 監査役として動くのは当然の責務ではあるが、社長の私にさえ隠密裏に事を運んでいた段階にもかかわらず、自分の判断で業務担当外の日本人役員を引き込んだのは適切な判断ではなかった。会社のガバナンスについて監査役が相談すべき相手では決してなかったのである。

 私は決断した。

 その後の内部調査は、グローバル内部監査室本部長の職にあった米国人のクリスティーナ・ムレイを中心とする小人数の内部調査チームで動くように変更したのである。正確にいえば、彼女は内部監査のトップなのだから、本来の体制に戻したにすぎない。

 ムレイは2017年、日産の国内6工場で長年にわたって行われていた完成検査の不正(無資格者が検査に当たっていた)が発覚した際の対応でも中心的な役割を果たしてくれた。必要があれば現場に近い人たちに入り込んで聴き取りをすることもいとわないタイプで、日本人からも認められている私の信頼するマネジャーだった。

 そもそも内部統制や不正調査などの担当ではない、管轄外の者を交えて日本人役員だけで対処していくことには大きなリスクがあった。現役の会長(しかも外国人だ)による不正発覚という一大事が起きたのである。その初動の段階において、本来の責任領域を逸脱する形で、日本人だけの非公式な情報共有が計られつつあった。その動きを許してしまえば、いたずらに社内を分断し、ルノーとの関係の見直し、あるいはルノーとの対立をあおる方向に事が進みかねなかった。

 そこで私は日本人の中で「ささやき情報」が出回るのを厳しく制限した。結果としてゴーン逮捕の前日ごろまで、私が許した人間以外には、すべての情報を伏せることになった。