志賀見聞録 自動車産業の半世紀とミライ車載電池会社AESCが「EV用バッテリーセル累計1000万セル」の達成を記念して撮影した一枚(写真中央が筆者)。カルロス・ゴーン氏がAESCの売却方針を示した際、筆者は無言の抵抗を貫いた 写真:筆者提供

電気自動車(EV)の時代を迎えたとき、自動車メーカーは車載電池を自社で持つべきか、それとも外部から調達すべきか――。この問いは、日産の経営陣の間でも大きな論点となった。そして、カルロス・ゴーンと私とでは、その答えが大きく分かれた。連載『志賀見聞録 自動車産業の半世紀とミライ』の第15回【過去編9】では、日産の車載電池会社AESCの売却に至る舞台裏を振り返りながら、EV時代における「電池の価値」について考えてみたい。(日産自動車元COO〈最高執行責任者〉 志賀俊之)

>>第1回【過去編1】「ゴーンさんが羽田空港で逮捕されたらしいです」(2018年11月19日)から読む

>>第6回【ミライ編1】ホンダがEV戦略見直しで「2.5兆円損失」を発表した日(2026年3月12日)から読む

ソニー大賀社長がヘリコプターで
日産中央研究所へ降り立った

 私が日産自動車のCOO(最高執行責任者)を務めていた頃、カルロス・ゴーンと経営方針を巡って真剣に議論した案件が二つある。

 一つは、インド市場向けの廉価ブランド「ダットサン」の導入。もう一つが、リチウムイオン電池の製造会社であるAESC(Automotive Energy Supply Corporation)の売却である。ダットサンについてはいずれ本連載で取り上げることにして、今回は後者の経緯を振り返りたい。

 1990年、米カリフォルニア州はZEV(Zero Emission Vehicle)規制を発表し、98年までに新車販売の2%をゼロエミッション車(実質的に電気自動車〈EV〉)とすることを義務付けた。これを機に、自動車メーカー各社はEV開発へ本腰を入れることになった。

 ちょうどその頃、ソニー(現ソニーグループ)は世界で初めてリチウムイオン電池を搭載したポータブル電話を発売した。それまでEV向け電池は、鉛電池、ニッカド電池、ニッケル水素電池へと進化してきたが、日産は次世代の車載電池としてソニーのリチウムイオン電池に大きな可能性を見いだした。

 リチウムイオン電池をEVに搭載できれば、航続距離を飛躍的に延ばせる――。そう考えた日産開発陣は、ソニーに車載向け電池の共同開発を打診した。

 ここから先は半ば都市伝説のような話だが、その打診を受けたソニーの大賀典雄社長(当時)はヘリコプターで、日産中央研究所(現総合研究所)がある神奈川・横須賀に降り立ち、EV開発の現状を視察したという。