ナチス政権下のドイツでは、ユダヤ人に対する差別が次第に制度化され、やがて大規模な迫害と虐殺へと発展した。1942年には「最終的解決」と呼ばれる計画が進められ、多くの人々が強制収容所へ送られた。『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からのアメリカ史』から、約600万人のユダヤ人が犠牲になったホロコーストについて取り上げる。(ダイヤモンド社書籍編集局)

600万人のユダヤ人が犠牲に…ホロコーストへと進んだナチスの「最終的解決」とはPhoto: Adobe Stock

ホロコースト

 ヒトラーは、ドイツの苦難はユダヤ人のせいだと国民に信じ込ませることで、権力の座についた。

 1935年9月、ドイツはニュルンベルク法を可決し、ユダヤ人の市民権を剥奪する。1938年11月9日の「水晶の夜」(割れたガラスの破片がきらめいたことから)に暴動が起き、ユダヤ人の商店やシナゴーグ、その他の建物が破壊される。

 ホロコースト(文字通り、「すべてを焼き尽くす」という意味)が始まっていたのだ。ユダヤ人はゲットーに移住させられ、ユダヤ人を象徴するダビデの星の形をした、黄色いマークをつけることを強制された。ドイツでは、反ユダヤ主義(ユダヤ人に対する差別)が法で定められた。

 1942年1月、ヒトラーとナチ党は、「最終的解決」と呼ばれる計画を立てる。つまり、強制収容所での大量虐殺によって、ユダヤ人をすべて殺害することにしたのだ。若者や健康な人々は、収容所で死ぬまで強制労働を強いられ、それ以外の人々はガス室ですぐに殺された。

 600万人のユダヤ人のほか、ヒトラーが理想とする完璧なアーリア人社会にふさわしくないと判断された約500万人が殺害された。これには、同性愛者やロマ、障害のある人々、ナチ党に反対するあらゆる人々などが含まれていた。

 のちに、収容者の解放にあたった連合軍の兵士たちは、ナチ党のあまりの残虐さを目の当たりにして衝撃を受けた。