「目の前の仕事のクオリティを上げることに必死になっているのに、なぜか正当に評価されない」――そんな徒労感を覚えたことはないでしょうか。『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』の著者・山口周さんは、その原因を「パフォーマンスを上げることと、ゲームに勝つことは違う」という一言で説明します。それを象徴するのが、1983年のアメリカズカップで起きた大逆転劇。132年にわたり防衛を続けてきたアメリカのチャンピオン艇が、37秒の大量リードを築きながら、まさかの敗北を喫した一戦です。ゲーム理論が教える、相手がどう出ても負けない選択の技術とは。(構成/小川晶子、ダイヤモンド社書籍編集局)

「なぜか努力が報われない人」がやっているNG行動・ワースト1Photo: Adobe Stock

「頑張っているのに報われない」理由

――目の前の仕事の質を上げようと必死に努力しているのに、なぜか報われないという悩みを持つ人は多いと思います。何かヒントはないでしょうか。

山口周氏(以下、山口):要因の一つとして考えられるのは、「パフォーマンスを上げる」ことと「ゲームに勝つ」ことを混同してしまっていることです。私たちはしばしば、自分がどんなゲームを戦っているのかという点から離れて、目の前の仕事のパフォーマンスを近視眼的に追求してしまいます。しかし、パフォーマンスが上がっても、肝腎要の「人生というゲーム」に敗北しては元も子もありません。

この違いを鮮やかに示してくれるのが、1983年のアメリカズカップで実際に起きた出来事です。

アメリカズカップは、チャンピオン艇と挑戦艇が1対1で争うマッチレースです。1983年の決勝は、デニス・コナーが艇長を務めるアメリカのリバティー号が3勝1敗でリード。132年防衛を続けてきたニューヨークヨットクラブの観戦艇にはお祝いの高級シャンパンが運び込まれていました。

4戦目のレースで、挑戦艇であるオーストラリアⅡ号はフライングで一度スタートラインに戻ることになり、チャンピオン艇は労せずして37秒のリードを築きます。このハンディはあまりにも重たいもので、誰もがチャンピオン艇の勝利を確信しました。そこで挑戦艇の船長は、「当日の風向きは安定している」との予報を無視して、大きく風向きが変わることに賭け、コースの左側に進路を取ったのです。

このときチャンピオン艇には2つの選択肢がありました。①現時点の風に最適なコースをこのまま走り続ける、②スピードを落とす可能性が高いが、挑戦艇と同じ方向に舵を切る。

コナーは前者を選びました。結果、気象予測に反して風向きが大きく変化し、挑戦艇が1分47秒の大差で勝利。132年続いた「アメリカ艇による防衛」は終焉を迎えたのです。

絶対優位の戦略

――チャンピオン艇は、どうすべきだったのでしょうか。

山口:ゲーム理論で考えれば、チャンピオン艇のデニス・コナーは「絶対優位の戦略が存在するにもかかわらず、それを選ばずにみすみす失敗した」と言えます。「絶対優位の戦略」とは、相手がどう出てこようと、環境がどう変わろうと、自分の選択肢の中で一番リターンが大きくなる選択肢のことです。

今回の例を場合分けして考えてみましょう。

まず、風向きが変わらなかった場合、進路を変えなければリードは拡大して勝利。進路を挑戦艇と同じ方向に変えれば、自艇のスピードは落ちますが挑戦艇も同じなので、相対的な位置関係は変わらず、リードを保って勝利します。

問題は風向きが変わった場合です。進路を変えなければ、挑戦艇に有利な風向きとなり逆転される可能性があります。しかし同じ方向に舵を切っていれば、風向きがどうなろうと位置関係は変わらず勝利します。

つまりコナーにとって「進路を変える」が絶対優位の戦略だったんです。逆に、40秒近いリードを許した挑戦艇に勝機があるとすれば、異なるルートを取って風が変わる一点に賭けるしかありません。挑戦艇にとって最も恐ろしいのは、チャンピオン艇が後追いしてくることでした。

「パフォーマンスを上げる」と「ゲームに勝つ」は違う

――とにかく目の前の仕事を頑張っていれば、認められて報われるはず……というだけでは、「こんなはずじゃない」という結果になってしまうおそれがあるわけですね。

山口:目の前のタスクの完成度を上げることに意識を奪われすぎると、そもそも自分が今、何のゲームを戦っているのか、何をもって「勝ち」とされる場なのかを見失ってしまいます。

ゲーム理論の「絶対優位の戦略」によって、自分の目の前にある選択肢について考察するリテラシーを持つことで、「ゲームに勝つことよりもパフォーマンスを優先してしまう」というミスを防ぐことができるでしょう。