完璧を求めて妥協ができない。中途半端なものを出して「できない奴だ」と思われたくない。「先のばし」や「完璧主義」を脱するための方法を、『おい、とりあえず終わらせろ』を書いたエンジニアのnwiizo(ぬうぃぞう)氏が伝えます。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

おい、とりあえず終わらせろPhoto: Adobe Stock

「真面目な完璧主義」は「怠惰な先延ばし癖」と同じ

 ずっと自分のことを「完璧主義者」だと思っていました。細部にこだわり、質を追求し、妥協を許さない。それが美徳だと信じていた。

 でも、あるとき気づいたんです。

 もしかして、自分は先延ばし人間に見えているのではないか、と。

 ここで言う「見えている」とは、表面的な動機が同じだという意味ではありません。行動の構造とその結果が、驚くほど近いという意味です。

 動機はそれぞれ異なるでしょう。「もっと良くしたい」か「面倒くさい」か。ですが、両者が実際にやっていることを観察すると、驚くほど似ているんですね。

 完璧主義の傾向が出ると「まだ見せられない」という言葉が出てくる。

 先延ばしの傾向が出ると「まだ始めてない」という言葉が出てくる。

 どちらも、他者に自分の仕事を見せることを避けています。

 ここにひとつ、厄介な問いが発生するかもしれない。それは、「考えきれていない状態で出すのは、失礼じゃないか」ということ。

 正直に言えば、私自身がずっとそう感じていました。自分の中で納得しきれていないのに、それを出して、詰められたとき答えられない。それは幼稚に見える。「ちゃんと考えてから聞け」と思われそうだ。

 この心理は、一見すると「相手への配慮」に見えます。だから厄介なのです。

「失礼にならないように」と言い聞かせている。でも正直に振り返ると、本当は「幼稚に見られる自分」が嫌なだけでした。

 相手への配慮というより、自己防衛だった。

構造が同じなら、同じ解決策が使える

 完璧主義と先延ばしは、辿り着く先は同じです。

 それは「出さない」という結果。

 世間では、完璧主義は「真面目すぎる人」のもの、先延ばしは「怠惰な人」のものと見なされますが、構造は驚くほど似ている。

おい、とりあえず終わらせろ図『おい、とりあえず終わらせろ』より

 このことに気づいたとき、私は少し絶望しました。自分が誇りに思っていた「こだわり」が、実は「逃げ」だったのかもしれない、と。

 でも同時に希望も見えた。

 構造が似ているなら、解決策も近い場所にあるということだから。

 まずは出そう。他者に確認しよう。合意しよう。フィードバックを得よう。

 これだけで、恐怖から解放されます。

 頭の中で完璧を追いかける孤独な闘いには終わりがない。でも他者と合意すれば、終わりが生まれる