投資家がまず考えるのは資産の「増やし方」ですが、実は同じくらい難しいのは「資産をどのように使っていくか」です。その際に絶対に知っておきたいのが「順序リスク」という概念。その詳細を、『AIバブル後の投資戦略』から紹介します。
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資産運用というと、多くの人は「どれくらい増えるか」に注目する。年率何%で運用できるのか、長期的にどの資産が高いリターンを生むのか。資産形成期であれば、その視点は確かに重要である。毎月の収入から積立を続け、時間を味方につけて資産を増やしていく段階では、長期の平均リターンが大きな意味を持つ。
しかし、退職後のように資産を「増やす段階」から「使う段階」に移ると、投資で注意すべきリスクは大きく変わる。そこで特に重要になるのが「順序リスク」である。
順序リスクとは、投資リターンが発生する順番によって、資産の寿命が大きく変わってしまうリスクを指す。たとえ最終的な平均リターンが同じであっても、よいリターンが先に来るのか、悪いリターンが先に来るのかによって、取り崩し期の結果はまったく異なる。
たとえば、ある投資家が退職時にまとまった資産を持ち、毎年一定額を生活費として取り崩していくとする。長期的な平均リターンが十分に高ければ、一見すると資産は長く持ちそうに思える。ところが、退職直後に大きな下落相場が来た場合、状況は一変する。資産価格が下がっているにもかかわらず、生活費を確保するために資産を売却しなければならないからである。
下落時に資産を売るということは、安くなった資産を多く手放すことを意味する。その結果、相場が後に回復しても、すでに売却してしまった分は回復の恩恵を受けられない。残された元本が小さくなっているため、同じ上昇率でも資産全体の回復力は弱くなる。これが、取り崩し期における順序リスクの怖さである。
一方、同じ下落が取り崩し期の後半に起きた場合、影響は相対的に小さくなることがある。運用初期に資産が順調に増えていれば、その後の下落を吸収する余力が残っているからだ。つまり、平均リターンだけを見ていては、取り崩し期の本当のリスクは見えてこない。重要なのは「何%で運用できるか」だけでなく、「悪い相場がいつ来るか」もなのである。
資産形成期と取り崩し期では、下落相場の意味も異なる。資産形成期の投資家にとって、下落は将来のために安く買える機会になることがある。毎月一定額を積み立てていれば、価格が下がったときに多くの口数を買えるため、長期的には有利に働く場合もある。
しかし、取り崩し期では逆になる。下落相場は「安く買う機会」ではなく、「安く売らされる局面」になりやすい。収入が限られ、資産から生活費を取り出す必要がある人にとって、相場の回復をただ待つことは簡単ではない。ここに、現役時代とは異なる運用設計の難しさがある。
では、順序リスクにどう備えればよいのか。
第一に、生活費の数年分を現金や短期債券などの安全性の高い資産で確保しておくことが考えられる。相場が大きく下落したときに、株式などのリスク資産を無理に売らず、比較的安定した資産から生活費をまかなうためである。これにより、リスク資産が回復するまでの時間を確保しやすくなる。
第二に、資産全体の値動きを抑える分散投資が重要になる。株式だけに偏らず、債券、現金、その他の異なる性質を持つ資産を組み合わせることで、下落局面での資産全体の落ち込みを和らげることができる。特に取り崩し期では、最高のリターンを狙うことよりも、大きな損失を避けることの価値が高まる。
第三に、取り崩し額を柔軟に調整することも有効である。毎年同じ金額を機械的に取り崩すのではなく、相場が悪い年には支出を少し抑え、相場が好調な年には通常通り取り崩す。こうした柔軟性があるだけでも、資産寿命を延ばす効果が期待できる。
取り崩し期の運用では、「平均的には大丈夫」という考え方だけでは不十分である。人生の後半において本当に重要なのは、悪いタイミングで資産が大きく傷ついても、生活を維持できるかどうかである。
順序リスクは、見えにくいが非常に現実的なリスクである。退職後の資産運用を考える際には、期待リターンだけでなく、下落時に何を売るのか、どの資産から取り崩すのか、支出をどこまで調整できるのかをあらかじめ考えておく必要がある。
資産運用の目的は、単に資産額を最大化することではない。必要なときに、必要な資金を使える状況を、できるだけ長く維持すること。そのためには、取り崩し期ならではのリスクである順序リスクを理解し、事前に備えておくことが欠かせない。







