三国志の蜀を滅亡へ導いた「戦犯」なのか、それとも滅びを避けるために戦い続けた名将なのか――。諸葛亮の後継者として北伐を繰り返した姜維は、今なお評価が大きく分かれる人物だ。国力で圧倒する魏を前に、守ればじり貧、攻めれば国力を消耗する。そんな「どちらを選んでも苦しい」状況で、なぜ姜維は攻め続けたのか。『地図で学ぶ深読み世界史』の著者が、地理と国力の差から姜維の決断を読み解く。そこから浮かび上がるのは、「勝ち目が薄いとき、人は何を選ぶべきか」という、現代にも通じる問いである。

「蜀を滅ぼした戦犯」なのか? 守れば亡国、攻めれば疲弊…姜維を苦しめた残酷な現実Photo: Adobe Stock

「守っても負ける」蜀が抱えていた残酷な国力差

 三国志で姜維という人物は評価が分かれる。諸葛亮の後継者として北伐を繰り返し、蜀の国力を消耗させた人物と見ることもできる。一方で、蜀が生き残るためには、攻め続けるしかなかったと考えることもできる。

 姜維の面白さは、この「やっても苦しい、やらなくても苦しい」という状況の中で戦い続けた点にある。蜀が支配した益州は豊かな土地だった。しかし、人口や生産力で見れば、華北を押さえる魏の方が圧倒的に有利だった。時間がたてばたつほど、その差は広がりやすい。蜀が守りに徹して国力を温存したとしても、魏の方がさらに大きな国力を蓄えれば、最終的には押し切られる可能性が高い。

 そう考えると、姜維の北伐は単なる好戦性ではなく、「現状維持では負ける」という認識から生まれた戦略とも読める。魏の領土を少しでも削り、新たな人口や生産基盤を確保できれば、状況は変わるかもしれない。

「勝ち目の薄い賭け」でも姜維が北伐をやめなかったワケ

 もちろん、それが成功する保証はない。むしろ現実には、遠征を続けるほど兵糧も兵士も消耗し、国内の負担は重くなる。姜維の戦略は成功確率の低い賭けだった。しかし、何もしなければもっと確実に負けるのだとすれば、低い可能性に賭けることにも合理性はある。

 姜維が魅力的なのは、勝算が薄いことを知らなかったからではない。むしろ厳しい現実を理解した上で、それでも時間という敵に抗おうとしたように見えるところだ。

 後世からなら「無理な北伐で国を疲弊させた」と批判できる。しかし、当事者には攻めないという選択肢にも大きなリスクがあった。詰んでいるように見える局面で、それでもわずかな逆転の目を探す。「勝ち目が薄いとき、何を選ぶか」という普遍的な問題を背負っているからこそ、姜維は魅力的なのである。