19世紀半ば、急増する「労働者」にいち早く目を向けた二人の人物がいた。資本主義の矛盾を分析したカール・マルクスと、フランス皇帝ナポレオン三世である。思想も立場も正反対だった二人は、なぜ同じ社会層に注目したのか。そこには、産業革命によって大きく変わり始めた社会の姿と、新しい時代の力を見抜く共通の視点があった。『地図で学ぶ深読み世界史』の著者が、敵対する思想家と権力者の意外な共通点から、19世紀ヨーロッパの大変化を読み解く。

マルクスとナポレオン三世、敵対する2人が同じ「労働者」に目を向けたワケPhoto: Adobe Stock

なぜマルクスとナポレオン三世は、同じ「労働者」に目を向けたのか

 19世紀半ば、「労働者」という存在に誰が注目していたのかを考えると、意外な組み合わせが浮かぶ。ひとりはカール・マルクス。もうひとりがナポレオン三世である。

 もちろん、二人の立場はまったく違う。マルクスは資本主義社会の矛盾を分析し、労働者階級を歴史を動かす主体として捉えた。一方、ナポレオン三世は労働者を革命の担い手として理論化したわけではない。彼が見ていたのは、政治的に無視できない新しい社会層としての労働者だった。

 しかし、両者がほぼ同じ時代に「これからの社会を考えるなら、労働者を無視できない」と気づいていたことは興味深い。産業革命によって都市人口は膨らみ、工場労働者は急増していた。ところが伝統的な政治家の多くは、依然として地主や富裕層を中心に政治を考えていた。

 その中でマルクスは労働者の歴史的役割を理論化し、ナポレオン三世は彼らを自らの政治基盤へ取り込もうとした。だから当然、マルクスはナポレオン三世を高く評価しなかった。『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』では、彼の権力掌握を厳しく批判し、大衆の支持を利用する政治を風刺している。

マルクスは「革命」、ナポレオン三世は「統治」を見ていた

 だが、敵対する二人が同じ社会変化を見ていたという点は重要である。マルクスにとって労働者は、既存秩序を変える可能性を持つ階級だった。ナポレオン三世にとっては、既存の政治エリートに対抗するために結びつくべき大衆だった。

 優れた思想家と巧みな権力者は、ときに同じ兆候に気づく。違うのは、その変化をどう解釈し、何のために利用するかだ。19世紀半ばの社会変化を、マルクスは階級闘争の可能性として、ナポレオン三世は統治と支持拡大の可能性として見ていたのである。