『豊臣兄弟!』の長宗我部元親(C)NHK『豊臣兄弟!』第35回の長宗我部元親 (C)NHK 拡大画像表示

歴史はエンターテインメント!かしまし歴史チャンネルへようこそ。天下一統を目前に控え、本能寺の変で倒れた織田信長。この歴史的大事件によって、長期的に最も利益を得たのは豊臣秀吉や徳川家康ですが、実は、もう一人「首の皮一枚で助かった!」と胸を撫で下ろした武将がいました。それが、そのころ四国統一を目指していた長宗我部元親(演:磯部寛之)です。『豊臣兄弟!』第36回は「姫若子と鬼若子」※と題し、長宗我部元親と、四国攻めの総大将として活躍する羽柴秀長(演:仲野太賀)を描いています。なぜ長宗我部元親は危機に瀕していたのか、そして、信長亡き後、彼の運命はどうなったのか? 信長・秀吉の間で揺れ動いた四国政策と、元親が生き延びた本当の理由に迫ります。(かしまし歴史チャンネル/川合章子)

※長宗我部元親が「姫若子」と呼ばれていた理由は、豊臣兄弟!第25回の解説記事を参照→「長宗我部」はどう読む?「姫若子」と呼ばれた少年はいかに四国の覇者となったのか〈大河ドラマ「豊臣兄弟!」第25回〉

信長の盟友から一転、「四国征伐」の標的へ

 当初、長宗我部元親は、信長の威光を利用しようと明智光秀を仲介役として接近し、「四国は元親の切り取り次第(自由に切り取ってよい)」というお墨付きをもらいました。

 しかし天正9年(1581)、信長の四国政策が突如として一変します。信長は、「元親に四国を好きにさせるわけにはいかない」と方針を急転換し、天正10年6月4日には、三男の織田信孝を総大将とする大軍を、四国へ渡海させる決定を下しました。

 長宗我部元親は、阿波の要所を放棄する譲歩案を差し出し、必死に討伐の回避を図りましたが、危機は刻一刻と迫っていました。