「豊臣兄弟!」第25話より(C)NHK
歴史はエンターテインメント!かしまし歴史チャンネルへようこそ。『豊臣兄弟!』第25回のタイトルは「変事の予兆」。織田信長(演:小栗旬)の新たな居城・安土城が完成した祝宴の席で、突然長老格の重臣の追放が始まります。この宴にまぎれ込み、能のシテとして舞を披露していたのが、土佐の長宗我部元親(演:磯部寛之)でした。ドラマでも元親は女物の装束で現れ、「わしは幼き頃からおなごのようじゃとよう言われとってのう」と語っていましたが、実際に元親は幼い頃「姫若子(ひめわこ)」と呼ばれていたおとなしい子どもだったそう。そんな少年がどのように四国地方の有力武将になっていったのか?本記事では長宗我部元親の前半生を紹介します。(かしまし歴史チャンネル/川合章子)
色白でおとなしい、お姫様のような若君
戦国時代の中でも、劇的な成長を遂げた人物として知られる武将の一人に、土佐の長宗我部元親がいます。
幼い頃の元親は、「姫若子」と呼ばれていました。姫若子とは「お姫様のような若君」という意味で、色白でおとなしく、人前に出ることを好まなかったため、周囲からは武将向きではないと見られていたようです。
しかしその少年は、そうした周囲の偏見とは裏腹に、後に土佐を統一し、さらに四国統一目前まで勢力を拡大することになるのです。
「長宗我部」はどう読むのか
長宗我部という名字は、戦国武将の中でも特に珍しいものです。
実は当時から表記や読み方が統一されておらず、「長宗我部」と書かれることもあれば、「長曽我部」と記されることもありました。また、京都の公家や僧侶の日記から、「ちょうすかめ」と間違って読まれていたことや、実は「ちょうそうがめ」が正しい読み方だったのではないか、といったことも分かってきています。







