織田信長の次男、織田信雄。『豊臣兄弟!』より (C)NHK
歴史はエンターテインメント!かしまし歴史チャンネルへようこそ。『豊臣兄弟!』第34回のタイトルは「最強のライバル」。徳川家康(演:松下洸平)にフォーカスし、子どもの頃から今川家に預けられ、人質として育った家康の過去を丁寧に描く、“家康スピンオフ回”ともいえるような内容でした。大坂城の築城を進める秀吉(演:池松壮亮)との不穏な空気の中、家康に接近し、秀吉打倒を持ち掛けたのが、信長の次男・織田信雄(演:山脇辰哉)です。かつて父・信長の後継者候補にも数えられた信雄とは、一体どんな人物だったのでしょうか?(かしまし歴史チャンネル/川合章子)
織田「信雄」の読みは、のぶかつ?のぶお?
織田信長の次男・織田信雄は、「信長の息子たち」の中でも、ひときわ波乱に満ちた人生を送った人物です。しかも、名前の読み方も、「のぶかつ」と「のぶお」の二説があり、正確にはわかっていないのです。
彼は、その生涯で、幼名の茶筅丸から始まり、北畠具豊、北畠信意、北畠信勝、北畠信雄、そして織田信雄へと、何度も名前を変えています。
ここでは便宜上、一般的な呼称の一つである「織田信雄(のぶかつ)」で表記したいと思います。
北畠氏への養子入り
信雄は永禄元年(1558)、織田信長の次男として生まれました。幼名は茶筅丸といいます。
永禄12年(1569)、信長が伊勢の名門・北畠氏を攻めた際、和睦の条件として、まだ少年だった茶筅丸が北畠具教の娘と結婚し、婿養子となることで北畠氏に入りました。
しかし、これは単なる政略結婚ではありません。信長には、息子を北畠氏に送り込むことで、最終的にはその家を織田家の支配下に置くという狙いがあったからです。
北畠氏は、南北朝時代の名臣・北畠親房につながる名門です。そのため、織田家による北畠氏の乗っ取りは、そう簡単にはいきませんでした。
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