そこで僕は、1枚のプランを書きました。1996年のことです。四半世紀先の2020年までに、売上と利益の少なくとも2割を海外で稼ぐ。そのために各国に生命保険会社をつくっていく。売上の20、利益の20、そして2020年。数字が3つ並ぶので、「トリプルトゥエンティ」と名づけました。
社長と真っ向から対立し
寒流の時代を過ごす
役員会での反応は驚きしかありませんでした。四半世紀先の話です。自分が現役でいるかどうかも怪しい未来のことなので、無理もありません。
でも、僕にも言い分はありました。ロンドンで見てきた通り、生命保険の海外進出は片手間でできる仕事ではない。だからこそ、目先の10年ではなく、うんと遠くに旗を立てておく必要があると提案したのです。
反応は冷めていましたが、正面から反対する理由も、誰も持ち合わせていません。そこで、無事にプランは承認されました。
風向きが変わったのは、社長が代わってからです。新しい社長は、このプランを白紙に戻しました。バブル経済が崩壊し、足元が揺れているときに海外の話をしている場合ではない。まずは国内を立て直し、販売の人員を増やして地道な営業で足場を固めるべきだと判断したのです。
しかし、そうした社長の判断は、僕から見れば、来た道を引き返す選択でした。また、僕にはファクトで固めた自説をひっこめることはできませんでした。人口の予測は、景気の波と違って、めったに外れません。いま種を蒔かなければ、20年後に刈るものがなくなる。それが、現場で数字と付き合ってきた僕の結論でした。
そこで僕は、社長の意見に真っ向から意見しました。とはいえ、どれだけ熱弁をふるったとしても、相手は社長です。結末は見えていました。水温は、一夜で入れ替わり、そこから長きにわたる8年間の寒流の時代を過ごすことになりました。







