愛・地球博が提唱した「自然の叡智」には、テクノロジーだけではなく、循環型の暮らしや限られた資源をできる限り有効に活用する生き方も含まれる。その文脈で言えば、『となりのトトロ』の舞台となった昭和30年前後の日本には、作品の中で描かれていたように、薪で風呂を焚き、井戸水を使い、旬の物を食べるという自然のリズムに合わせた暮らしがあった。
しかも、パビリオンの整備では環境配慮という方針が徹底されていた。周辺の自然を壊さないように、パビリオンは木々を避けて建設された。サツキとメイが暮らした和洋折衷の家を再現する際も、見せかけのセットではなく、当時の工法を忠実に再現している。
このように愛・地球博の理念を具体的かつ情緒的に体現していたからこそ、「サツキとメイの家」は屈指の人気パビリオンになったのだろう。
大村秀章知事の提案と
奔走がジブリを動かした
愛・地球博が終わった後、「サツキとメイの家」の移築を希望する自治体が数多く現れた。もっとも、愛知県は万博終了後、万博会場を「愛・地球博記念公園」として整備するという方針を立てており、愛・地球博のレガシーとして「サツキとメイの家」を残したいと考えていた。その方針をスタジオジブリも尊重したため、そのまま残され、愛・地球博記念公園の公園施設として活用されることになった。
その後、愛知県とスタジオジブリの間にしばらく動きはなかったが、万博開催から10年後の2015年に、万博10周年記念事業のメイン事業として、愛・地球博記念公園で第32回全国都市緑化あいちフェアが開催されることが決まる。この時の目玉として愛知県は企画展の開催をスタジオジブリに打診。「ジブリの大博覧会展」と「思い出のマーニー×種田陽平展」が実現した。
この時のやり取りの中で「スタジオジブリが展示物の保管に困っている」という話を聞いた大村秀章知事は、ならば、保管と展示を兼ねた施設を作ってはどうかとスタジオジブリに提案した。







