画像提供:スタジオジブリ
ジブリアニメの名作『となりのトトロ』には、人間ではない相手に一家で頭を下げる、印象的な場面がある。私たちはなぜ、動物や虫、植物にまで声をかけ、ときには感謝や謝罪を伝えたくなるのだろうか。※本稿は、哲学者の鳥越覚生『なぜ人は挨拶するのか』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。
人間の方が勝手に動物は挨拶できないと
侮り、動物に無関心になっている
動物行動学者のフランス・ドゥ・ヴァールは、共感の能力は海から陸へとあがった動物たちが気の遠くなるような時間をかけて培ってきた能力であると考えています。
より厳密に言えば、「共感はロシアの入れ子細工の人形のように、多くの層から成り、その核にあるのは、他者の情動の状態とぴったり符合するという能力だ。進化によってこの核の周りに、たとえば他者への気遣いを感じたり、他者の視点を取得したりといった、より精巧な能力が加わっていった。すべての層を示す種は少ないが、核となる能力は哺乳類の発生と同じぐらい古い起源を持つ」(柴田裕之訳『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』紀伊國屋書店、2014年)そうです。人間だけが他者に共感し、挨拶できる、と考えるのは自惚れなのでしょう。
映画監督の羽仁進も、実際にアフリカのライオンやシマウマを目にしているうちに、「挨拶をするのは人間だけだ」と思っているのは大きな間違いであったことに気づいた感動を絵本に残しています。
そこには、「野生動物も、それぞれにあいさつをします。そのあいさつは、時には、人間よりもずっと心のこもったものもあります」(あべ弘士絵『あいさつ ライオンの物語』光村教育図書、1997年)と明記されています。
とすると、動物が互いに共感し、挨拶をしているのに、人間の方が勝手に動物は挨拶できないと侮り、動物に無関心になっているとさえ言えそうです。







