「箱本」という城下町の自治
大和郡山の城下町で特徴的なのが、「箱本」と呼ばれる仕組みです。
城下町の町々は、商業上の特権などを記した文書を箱に納め、その箱を町ごとに順番で預かりました。
しかも、箱を預かる町がその月の町政を担うという仕組みになっていて、いわば町の世話役を持ち回りで担当する制度だったのです。
さらに、一つの町だけでは解決できない問題が起きた場合には、前月・当月・翌月の箱本の三町が協議する仕組みも設けられていました。
こうした制度は、城下町の商人たちを単に支配するのではなく、一定の自治を認めながら町を運営していく仕組みだったと見ることができます。
広大な領国を家臣たちが支える
紀伊・和泉・大和という広大な領国は、もちろん秀長一人で治めることはできません。
そこで重要になったのが、家臣たちの配置です。紀伊では桑山重晴が和歌山城を預かり、藤堂高虎も猿岡山城を任されました。また、丹羽長秀の旧臣だった杉若無心は、田辺を支配し、城下町の整備などを進めています。
こうして秀長は、各地に家臣を配置し、それぞれの地域を統治させました。
しかし、秀長の領国経営は決して簡単なものではありませんでした。
大和では、それまで支配していた筒井氏の国替えによって、従来の支配体制が大きく変化しています。また、寺社勢力など、長く地域社会で大きな力を持ってきた勢力との関係も考えなければなりません。紀伊にも、根来・雑賀など、秀吉の支配に抵抗してきた勢力が存在しています。
興福寺の僧侶・磐覚(演:坂口涼太郎) (C)NHK 拡大画像表示
つまり秀長は、広大な領地を与えられた一方で、そこに住む人々や既存勢力をまとめ、新しい支配体制を築いていくという難しい仕事を任されたのです。






