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日本企業の人事を半世紀以上にわたって支えてきた「能力主義」。その原点をたどると、1969年に日経連が打ち出した「能力」の考え方に行き着く。具体的なスキルよりも「能力」が重視されるようになった経緯をたどる。※本稿は、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎『スキルとデキル 「能力」から見る近現代労働史』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。
日本企業は社員のスキルを
把握できていないという皮肉
改めて考えてみたいのは、なぜ現在の日本では「産業界が求める職業能力」と「各人が有する職業能力」が「客観的に比較可能」になっていないのか、ということです。
それは外部労働市場が未発達で、労働市場が企業別に分断されているからだ、と簡単な答えがすぐに返ってくるでしょうが、労働市場が企業ごとに分断されていることと、その内部労働市場の中で、各企業が社員の職業能力を客観的に測定し、表示することができないこととは別です。
企業ごとではあっても既に職業能力の測定・表示システムが存在するのであれば、必要なことはそれらの間を通訳することになります。ちょうど、今EUで各国の職業資格制度を相互に比較可能にするためのEQF(欧州資格枠組)を作っているように、です。
それが全然できないというのは、企業内においてすら、ある社員が具体的にどういう職務についてどういうレベルのスキルを有しているかがわからない、あるいは少なくとも社内的に明確に表示されるような仕組みが存在していないからでしょう。
「職業能力の『見える化』」というのは、企業の外側に対しても見えるようにしようなどという暢気な話ではなく、企業の内側の人々にとっても、社員の職業能力が全然見えないからそれがちゃんと見えるようにしようというかなり危機的な話だということになります。







