「高邁な人格・識見」までも
能力評価の対象になった
『スキルとデキル 「能力」から見る近現代労働史』(濱口桂一郎、KADOKAWA)
日経連が1955年に刊行した『職務給の研究』は、「賃金の本質は労働の対価たるところにあり、……同一労働、同一賃金の原則によって貫かるべきものである。この点、職務給は賃金の本質を最も忠実に表現化した給与制度」であると賛美し、政府も1963年の経済審議会答申のなかで、「今後の賃金制度の方向としては、公平な職務要件に基づく人事制度を前提とする職務給が考えられる」と慫慂していました。
ところが日経連が1969年に刊行した『能力主義管理』は、それまでの職務給志向を放擲し、「能力による賃金決定」を謳う職能給化を唱道する方向に転換しました。
前述のように、この段階の「能力」はまだ職務給志向の残滓が濃厚に残っていたのですが、いったん職務から「能力」に舵を切った人事労務管理思想は、この後一気に職務から切り離された抽象的一般的な「能力」志向に向けて突進していきます。
それが賃金制度論においてどのような形になっていったのかは、1980年に日経連職務分析センターが刊行した『新職能資格制度』に示されています。
同書で示されるA社の職能資格要件表は、例えば次のようにどのレベルも極めて抽象的な形容詞で彩られることになります。
同書より転載 拡大画像表示
これはもちろん、賃金決定の基準としての企業内におけるランク付けをもっともらしく表現したものにすぎませんが、「職務遂行能力」を示す「職能資格」であるとして広く用いられるようになることで、本来言語学的にはそれが指し示すはずであった具体的なジョブを遂行するために必要なスキルという意味合いはほとんど剥ぎ取られてしまいました。
この時期に遂行された「スキル」から「デキル」への転換は、スキルを全く含意しない「デキル」をスキルまがいの「職務遂行能力」という言葉で偽装することによって、それが転換であること自体を人に認識させないように白昼堂々秘かに行われたのです。
いずれにしても、「スキル」から「デキル」への転換は、こうして1970年代前後に経営側主導で行われたのです。これが、それまで具体的な職務に対応する技能の養成向上に注力してきた労働政策の方向性を大きく転換させていくことになります。







