でも、本当はさびしい。放ったらかされてさびしいという感情を認めたくないから、怒りに変換してしまうのです。

「怒ってなんかいない!」といいながら、明らかに怒っている人を見たことはありませんか。それは本当の感情を水面下に押しやり、つくり笑いをしているのかもしれません。

「我慢するクセ」で
感情を抑えていないか

 氷山の一角という言葉がありますが、私たちが自覚している感情はほんの一部で、水面下にはもっと多くの感情が隠れています。

 不安、嫉妬、屈辱感、敗北感、悲しみ、さびしさ……。特に、自分にとって受け入れがたいこうした感情は、無意識のうちに海の中に押し込めて、否認しようとします。

 そして、比較的受け入れやすい感情――たとえば「イライラ」や「モヤモヤ」が、場所を変え、形を変えて表に出てくるのです。

 それにはこんな理由があります。

・ 人間関係の衝突を避けたい
・ その場を丸くおさめたい
・ ビジネスの世界に感情を持ち込みたくない
・ 強くありたい
・ 人からよくできるように見られたい
・ 親なのだから……、大人なのだから……

 ミドルエイジの人たちは、長年の社会生活で「感情を抑えること」が身についています。その場では感情的にならず、やりすごせるのは、私たちが長年の間に「我慢するクセ」を身につけているからです。

「働くっていうのは、そんなもの」「一喜一憂しても仕方ない」とあきらめているともいえます。心の奥にある、自分の気持ちを感じ取ることを避けるようにしているのです。

 処世術としては、たしかに必要なことかもしれません。でも、我慢して飲み込んだ負の感情はジワジワと溜まっていき、あなたが大切にしたい価値を見えにくくさせます。また、抑え込んだ感情は歪んだ形でいつか表に出てきます。それが、イライラであったり、原因不明の疲労感であったり、身体の不調であったりするのです。