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日本人なら、家に入れば靴を脱ぐのが当たり前だ。ところが、皇室の家族写真を見ると、室内でくつろぐ場面でも靴を履いている。これは単なる偶然なのか。明治天皇の時代までさかのぼると、そこには意外な「靴の作法」が見えてくる。※本稿は、建築史家で風俗史研究者の井上章一『日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。
明治天皇は靴を履いたまま
和室の岩倉邸へ入った
岩倉具視(編集部注/京都の公家出身の政治家)は1883年7月20日になくなった。病気でくるしむ忠臣を気づかう明治天皇は、前日の19日に岩倉邸へ足をはこんでいる。病気見舞の、かたくるしく言えば行幸(編集部注/天皇が御所などから外出されること)におもむいた。
その様子をえがいた絵画がある(図26-1)。『岩倉邸行幸』と題されている。制作者は北蓮蔵という洋画家である。あまり、その名は知られていない。ただ、この絵は明治神宮外苑の聖徳記念絵画館に、陳列されてきた。明治天皇の足跡をしめす80枚におよぶ絵画群の、その1点となっている。絵葉書としても配布された。目にした人は少なくないだろう。
同書より転載 拡大画像表示
翌日には死亡する岩倉が寝ていたのは、布団のなかであった。部屋には床の間がもうけられている。鴨居や敷居もあった。まちがいなく和室である。そこで末期をむかえようとする老臣のそばに、天皇は靴をはいたまま歩みよっている。和室のなかなのに。







