2026年に入り、AIは「会話するツール」から、業務フローの中で役割を担って実行する「実行レイヤー」へと変わりつつある。AIみずからが自律的に実行するエージェント型AIはPoC(概念実証)ではなく業務実装の段階に入った。

しかし一方で、「思ったような成果が出ない」「PoC止まりで本番に移行できない」といったお悩みの声も聞こえてくる。これは、DXが注目された時にも聞かれた声だ。

なぜ、成果が出ないのか。それはAIの問題ではなく、AIが価値を発揮できる環境が整っていないからだ。

本稿では、AI活用の成否を分ける土台でありながらコストやリソースの問題から先送りされやすいテーマ──データに焦点を当てる。本連載の第1回で経営層に必要な視座を、第2回では価値創出の実践手順を示したのであわせてお読みいただきたい。(里 泰志、畠山 敦志  フォーティエンスコンサルティング)

AIプロジェクトが失敗する3つのパターン

まず、エージェント型AIの活用実態に目を向けてみよう。生成AIは提案できても、実行はできない。この限界を突破するのがエージェント型AIの特徴だが、ここに新たなリスクが生まれる。

人間との対話を通した提案にとどまる生成AIであれば、誤った回答も人間のチェックで止められた。だが自律的に判断・実行するエージェント型AIは、誤ったデータを参照すれば、誤ったまま業務を実行してしまうのだ。

AIが「実行レイヤー」となったいま、データの不備はそのまま業務インシデントやビジネスチャンス損失に直結する。

実際、日本企業の導入事例からエージェント型AIを含むAI活用に取り組んだ企業の失敗には3つの共通するパターンがあることが見えてきた。

①データがないままAIを導入:ツールは揃ったが、参照させる社内データが散在・陳腐化していてAIが的外れな回答しか返せない。
②ガバナンスを後回し:機密情報や個人情報を外部AIサービスに入力してしまうインシデントや法令違反が発生する。実際に、組織の承認を得ていないAIツールを個人で業務利用している「シャドーAI」が問題となっている企業のケースがあった。
③現場が使わない:IT部門主導のシステム先行で、チェンジマネジメント不在・リテラシー教育ゼロのまま進み、現場に定着しない。

多くの企業に共通するのは、「どのAIツールを使うか」や「社内での目標とする活用率」を先に決め、使うことが目的となってしまい、データや組織の準備を後回しにしているという点である。 

重要なのは「ツールの選択」ではなく3つの「問い」にある

AIプロジェクトが成果につながらないとき、「ツールの選択が間違っていたのではないか」と考えがちである。

しかし、本質的に問うべきことは別にあると考える。

「自社データがAIに使える状態か」
「誰がAIデータに責任を持つか」
「外部LLM(大規模言語モデル)に何を送信してよいか」

この3つに答えられない状態でAIを導入しても、成果は生まれない。「AIは買える。データは買えない」──このシンプルな事実が、今の競争環境の本質を表している。AIモデルは各社ほぼ同じものを使える以上、差がつくのは自社固有のデータをどれだけAIが使える状態に整備できているかだ。

 AIに必要なのは「データ品質」だけではない

多くのAIやDX担当者がデータ整備に取り組むとき、「正確性・完全性・鮮度」といったデータ品質の改善に注力する。これは正しい方向性だが、AI活用においてはもう一つの要素が不可欠である。それが「データコンテキスト」──AIがデータを正しく理解・解釈するために必要な意味・背景情報だ。

LLMやRAG(検索拡張生成)はデータの「意味」を人間のように理解するのではなく、パターンで処理する。そのため、業務定義や収集条件が整備されていないと、AIは正しい文脈でデータを解釈できない。

従来のデータマネジメントは「品質管理・セキュリティ・コンプライアンス」を中心に組み立てられており、この「AIがデータを解釈できるか」という観点はあまり扱われてこなかった。

グロッサリー(業務用語集)の統一定義、収集条件・前提の記録、誤解釈しやすい項目への注釈付与——データ管理を考えるときこうしたAI活用を前提としたデータコンテキストなどの視点を加えることが、AIのアウトプット品質を左右するAI時代特有の論点である。

「誰が何を管理するか」──AIデータ分類と権限設計

データ品質・コンテキストと並んで重要なのが、ガバナンスの構築だ。すべてのデータをAIに参照させてよいわけではない。実践的な整理方法の一例として、AIデータ分類(LvA / B / C)がある。

LvA(外部LLM可):公開情報・匿名化済データなど
LvB(社内AIのみ可):個人情報・営業機密・契約情報など(オンプレ・プライベートクラウドのAIに限定)
LvC(AI利用禁止):最高機密情報・未公開財務情報・法的制約データ

この利用可否軸に加え、データの更新頻度と陳腐化時の参照停止ルールを定める鮮度軸、品質基準の充足状況を記録する出所・品質軸を組み合わせた3軸で管理することで、「AIに何を渡してよいか」の判断が運用として機能するようになる。

とりわけ、どこまでの業務をエージェント型AIに任せてよいかという「AIの責任範囲」の議論は、このデータ分類と権限設計なしには前に進まない。

またガバナンスの観点では法規制の動向も見逃せない。日本では2025年にAI推進法が成立し、EU AI Actは本格運用フェーズに入った。ISO/IEC 42001(AIマネジメントシステム規格)への対応を求める取引先も増え、2026年にはNIST(米国国立標準技術研究所)が「AI Agent Standards Initiative」を発表するなど、エージェント型AIの権限管理・監査は国際的な標準化の対象になりつつある。「後から対応しよう」では間に合わない段階に入っている。

 成熟度モデルで「現在地」を把握し、取り組みを始める

データ整備を進めるうえで、まず自社の現在地を把握することが重要である。自社のデータがAI-Ready(企業がAIを活用するためにデータを整理し、使える状態にすること)な状態かどうかを4段階で評価する成熟度モデルを使うと、どこに課題があるかを可視化することができる。

Lv0(未着手):個人依存・散発的なAI活用のみ
Lv1(部分対応):一部の部門では取り組みが進むが、全社統一の方針がない
Lv2(全社展開):全社共通の方針・基準・仕組みが整備され、AIが安定的に成果を出せる
Lv3(継続改善):PDCAサイクルが定着し、変化にアジャイルに対応できている

当社の支援経験では、多くの日本企業はLv0〜1の段階にある。まずLv2を目指すことが当面の現実的なゴールだ。

成熟度を正確に把握するには、データマネジメントの国際的な知識体系であるDMBOK2に準拠しつつ、AI活用の観点を加えたAI特化版アセスメント(3観点×9評価項目)が有効である。評価する3つの観点は次の通りだ。

体制構築:AI活用ロードマップとデータ整備計画が連動しているか、データオーナーが存在しAI利用承認プロセスが機能しているか、AI活用に必要なリテラシーを持つ人材が育成されているか
蓄積運用:RAG向けのデータ供給パイプラインが整備されているか、AI参照データの品質基準が定義・管理されているか、データの業務定義・用語集・収集条件がAI参照可能な形で整備されているか
普及定着:AIの回答を正しく解釈・検証し業務判断に活かせるリテラシーが全社的にあるか、AIツールの利用環境・サポート体制が整っているか、AI利用ポリシー・データ分類(LvA/B/C)が整備されているか

一般的なデータガバナンス評価と異なるのは、「データコンテキスト」をはじめ、データ活用から一歩進んでAI活用との直結度を軸に評価項目が設計されている点である。この3つの観点で自社を評価すると、「体制は整いつつあるがデータコンテキストが未整備」「ガバナンスポリシーがない」といった弱点が明確になり、優先して取り組むべき課題が絞られる。

 組織と文化──データを「経営資産」にする

最後に、最も重要でありながら最も見落とされやすい点を挙げたい。AIに限らずデータ整備における失敗の多くは、技術の問題ではなく組織と文化の問題である。

データ整備が「継続的な経営の仕組み」として機能するには、役割の明確化が出発点となる。戦略と方針を担うCDO・CAIO、部門データの責任を持つデータオーナー、日々の品質管理を担うデータスチュワード——この3層が揃うことで、データ整備は「一度きりのプロジェクト」から組織に根付いた活動に変わる。

特に重要なのがデータオーナーの設置である。データオーナーは、AIが参照するデータの責任者として、LvA/B/C分類の判断・承認権限を持つ。「このデータを外部AIに使っていいか」を現場レベルで判断できる人間が各部門にいることが、ガバナンスを形骸化させないための鍵だ。エージェント型AIが本番運用される時代には、この判断の空白がそのままインシデントに直結する。

また、文化の観点では「AIの回答を鵜呑みにしない」姿勢が全社に根付いているかどうかが重要である。AIが返してきた回答に対して「このデータの出所は何か」「この定義は正しいか」と問い直せるリテラシーは、データコンテキストの整備と並行して育てていく必要がある。リーダー自身がデータを参照して意思決定する姿を見せることが、こうした文化を組織に根付かせる最も効果的な方法だ。

データを制する企業が、AI時代を制する

今、企業のAI活用は「実験から本番へ」の転換点を迎えている。この転換を成功させる企業と失敗する企業の差は、AIモデルの選択でも予算規模でもない。

「どのデータを、誰が、どう管理するか」を設計できているかどうか——この一点に尽きる。そしてデータオーナーの任命、AIデータ分類の承認、データ整備への投資判断は、いずれも現場だけでは完結しない。近い将来、企業内でのデータの環境整備が企業価値やビジネスの成功の可否に直結する可能性が高く、重要度の高い経営アジェンダとして経営層が関与し、意思決定する役割を担うべきである。

まずは社内の現状把握をした上で「自社のデータはLvA/B/Cで整理されているか」「AIが使えるグロッサリーは存在するか」などの問いから始めてみてほしい。この問いへの答えが、貴社のAI活用の次のステップを教えてくれる。

【関連記事】
企業が生成AIよりも「エージェント型AI」を使うべき理由
AIで変革したければ、経営者は強い「覚悟」を持つべきだ
エージェント型AIで価値創出を実現する4つのステップ、カギは「アーキテクチャ」にあり