1980(昭和55)年に出版された『戦後保育史』によると、すでに1950(昭和25)年には、“母親と先生が”連絡を取り合うための「家庭連絡簿」として存在していたようだ。
1950年といえば、終戦からまだ5年。もともとあった保育所は多くが焼失したが、奇跡的に焼け残った園で、少しずつ保育が再開されていた。子どもを通わせるのは、おもに戦争で夫を亡くし、働く必要のある母親だったという。
……それから、約70年がたった今。
連絡帳はもう、母親と先生のためだけのものではなくなっている。
連絡帳の工夫を紹介
連絡帳は夫がほぼ担当、夫婦合作のページも
もしこぴさん(@moshikopi)宅では、2歳の息子さんの保育園の連絡帳を、週4回ペースで夫が記入している。夫はほぼ在宅勤務で、普段から家事・育児を5:5で分担。朝、妻のもしこぴさんが息子さんの着替えをする間に、夫が連絡帳を書く……という流れに、自然となったのだそうだ。
「うちでは『ベンツ買う』と言っています」の一文に、思わず笑みがこぼれる
カエルのイラストは、妻のもしこぴさん作。夫婦の合作がほほえましい
さりげなくご主人の好みが織り交ぜてある
「いつか子どもが大きくなったときに見返すと、成長を感じて面白そう。その日が楽しみ」と、もしこぴさんのご主人。
また、大阪在住の元保育士Rさんは言う。「パパが連絡帳を書くケースは1割にも満たなかったですが、ママとはまた違った視点でお子さんのことを書いてくれる。それが面白く、私は大好きでした」
母の連絡帳は、30年のときを経て、私たち親子の背中を押してくれた。もしこぴさんの息子さんは、数十年後、この連絡帳をどんな気持ちで読むのだろう。
だれかを想って書いたものは、今よりもずっと遠い未来に、その人自身と、その人が大切にするだれかを勇気づける。
連絡帳や日記にかかわらず、今はいろいろなツールが出ている。どんな形であれ、記録は唯一無二の宝物だ。べつに今すぐ、だれかに見せる必要はない。あなたもこれを機に、「記録」を始めてみてはどうだろうか。
(ライター 原由希奈)







