稲盛和夫、豊田章男Photo:Koichi Kamoshida/gettyimages,AFP=JIJI

「そんなデータはない、苦情は来ていない」――。トヨタ自動車の豊田章男会長が、かつて技術陣に対してクルマの乗り味を伝えた際に返ってきた言葉だ。豊田氏は、数字だけで判断せず、実際に確かめることを重視してきた。そうした姿勢は、「真面目な社員ほど口にしがちな一言」をNGワードに挙げた発言にも通じる。その言葉には京セラ創業者の稲盛和夫氏が戒めた言葉にも通底している。ふたりが問題視したNGワードとは何か。(イトモス研究所所長 小倉健一)

豊田章男が問題視した
「部下の返答」は何が問題だったのか

「そんなデータはない、苦情は来ていない」――豊田章男氏が、乗ったクルマの印象をトヨタの技術陣に伝えたときの返答だ。

 別の伝え方も試したという。

「こっちの方が良いと思うから乗り比べてみてよ」

 返ってきたのは「データ上は同じです」だったという。

 これは2023年に豊田氏がトヨタイムズ掲載の質疑応答で、社長在任中の14年間を振り返り、かつての開発現場について語ったものだ。

 技術者の返答には、まずデータを示す専門家としての筋が通っている。測定結果を上司の好みに合わせて変えるような会社では困る。だが気になるのは、乗り比べてほしいという提案に対しても、データ上は同じだという返答で終わらせた点だ。たとえデータ上は同じでも、実際に乗って確かめることで、新たに気づくことがあるかもしれない。

 測っていない部分に差があるのか。走る条件が違うのか。運転する側の受け取り方なのか。それらを話し合うことなく会話を終えるのは早すぎる。技術者にこそ、そこを探ってほしいものだ。

 豊田氏は、注文をつけて終わりにはしなかった。技術屋ではない自分にできることとして、ハンドルを握り、運転の技能を身につけ、乗り続けて感性を磨いたという。その後は、印象を聞こうとする技術者が増え、豊田氏の感覚をデータにできるようにもなったと語っている。

 やがて開発車が試乗のため持ち込まれるようになり、時にはプロドライバーにも一緒に乗ってもらい、チーフエンジニアに直接電話して、クルマに乗って感じたことを話し合うようになった。そのフィードバックを反映したクルマは、1週間後に再び豊田氏のもとへ届く。本人は、この変化に14年かかったと振り返った。

 数字と感覚のどちらを信じるか、という議論にしていたら、この変化は生まれない。運転する人が感じたことを、技術者が測れる言葉や数字にしていく。そのためには、説明がつかない感想にも付き合う必要がある。豊田氏の証言からは、そこまで踏み込む仕事の面倒さが伝わってくる。

豊田章男が挙げた
NGワードとは?

「データ上は同じです」という返答で終わらず、さらに違いを確かめようとする。豊田氏が重視したこうした姿勢は、別の場で挙げた「NGワード」にも通じている。