あまりに凄腕すぎてアメリカ司法省から不正取引の疑いをかけられ、銀行をクビになってしまった日本人銀行員がいる。ラボバンクというオランダの銀行で上級トレーダーとして活躍していた本村哲也氏である。本村氏が上梓した『アメリカに訴えられた男 エリート外資系銀行員が嵌められた罠。そして奈落からの復活』(ダイヤモンド社)から、信じられない不運の実態を紹介する。

書類の一部アメリカ司法省が本村氏を訴追したことを示す書類の一部

訴追されただけで犯人扱いされ、次々不幸が押し寄せた

 本村氏は20代で年収1億円を超えるほどのやり手だった。しかしまったくの「無実の罪」で、アメリカ司法省に訴追されることになる。訴追された本村氏は、いつ逮捕されるのか、アメリカに強制送還されるのかと恐怖に怯える日々を送った。

 海外メディアは、アメリカ司法省の発表を特に検証することもなくそのまま垂れ流した。痛かったのは、ブルームバーグの日本版にも記事が出てしまったことだ。

 この記事によって本村氏は二次被害を受けることになる。本村氏に関するニュースは日本語でインターネット検索する限り出てこなかった。しかしこの記事に本村氏の氏名が出たことで日本語でも検索に引っかかるようになってしまった。そのため金融機関から融資を受けられない、不動産を借りることができない、クレジットカードを作ることができないという、生活に関わる二次被害が次々と広がっていった。

「自分は何も悪いことをやっていないんだよ」と妻にはずっと話していた。しかしアメリカ司法省から訴追請求されたときには、「あなた、本当は疑われるようなことをやっていたんじゃないの?」と言われてしまった。誰よりも近くで支えてくれていた妻でさえ、自分を信じられなくなっていたのだ。

「俺は何も悪いことをやっていない。俺はそういう人間じゃない」と本村氏は妻に言った。それでも「子どもたちに影響があってはいけないから、離婚して名前を変えた方がいい、引っ越した方がいい、もうここにはいない方がいい」というのが妻の主張だった。妻から現実を突きつけられて、改めてショックを受けた。しかし離婚という選択肢は考えられなかった。なぜなら自分は何も悪いことをしていないからだ。

「アメリカの件が起こるまでは、本当に人生、順風満帆だったんですよ。すべてが自分の思い通りというか、それ以上になってきました。ところが右肩上がりだった人生チャートが、アメリカの件で一気に谷底に落ちたのです。自分は何一つ間違ったことをしていない! 曲がったこともしていないし、人の何十倍も頑張ってきたのに、なぜ自分がこんな羽目になるんだ? アメリカの件が起こってからは、人生の意味づけを考えていて、毎日自分に問いただしていました」(本村氏)

 銀行を解雇され、再就職もままならず、本村氏は実家に身を寄せて鬱々と過ごすしかなかった。

 ところがその後10年、アメリカ司法省の表立った動きはほとんどなかった。逮捕されることもなければ裁判にかけられることもない。そして2024年、ひっそりと訴追は取り下げられたのである。

「今思えば、アメリカに損害を与えていた悪い奴を訴えたぞ、とアメリカ国民に対してポーズをとりたかっただけ。ただの政治ショーに私は利用されたということです。最初から逮捕する気は無かったということなんでしょう。でも当時は当然分からなかったですからね。ずっと怖かったですよ」(本村氏)

 罪深いのは海外メディアである。いまだに「Tetsuya Motomura Rabobank」で検索すると、海外のニュースサイトでは当時の訴追の記事が出てくる。訴追が取り下げられたのなら続報も書くべきだろうに、そのような記事はなかなか見つからない。訴追の取り下げはこっそり行われているから、海外メディアは知らないか、知っていても黙ってるのだろう。