「国際連合は、平和を守るために作られた」。そう答える人は多いだろう。では、なぜ戦後の国際機関が、第二次世界大戦で戦った「連合国」と同じ英語名を持つのか。実は「United Nations」という言葉は、1942年に枢軸国と戦う26か国が署名した共同宣言で公式に使われていた。その背景には、第一次世界大戦後の国際連盟が戦争を防げなかったという教訓もあった。戦時中の同盟は、いかにして戦後の世界秩序の土台になったのか。書籍『地図で学ぶ「深読み」世界史』の著者が、知っているようで知らない国連誕生の経緯を解説する。
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「連合国」と「国際連合」、英語では同じ名前だった?
第二次世界大戦でドイツ、日本、イタリアなどの枢軸国と戦った国々を、日本語では一般に「連合国」と呼ぶ。英語では通常、「the Allies」や「Allied Powers」と呼ばれる。ところが戦時中、連合国側にはもう一つ重要な呼び名があった。それが「United Nations」である。
現在の「国際連合」とまったく同じ英語だ。これは偶然ではない。1941年12月、日本の真珠湾攻撃によってアメリカが第二次世界大戦へ参戦すると、アメリカ、イギリス、ソ連、中国などを中心に、枢軸国と戦う国々を一つの陣営としてまとめる必要が生まれた。
そこで1942年1月1日、26か国が「連合国共同宣言」に署名する。英語では「Declaration by United Nations」。ここで「United Nations」という名称が公式に使われたのである。この名前を提案したのは、アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトだったとされる。
つまり「United Nations」という言葉は、最初から戦後の国際機関の名前として生まれたわけではない。もともとは「枢軸国と戦うために結束した国々」という、戦時中の連合国側の呼び名だったのである。
ただし、日本語でいう「連合国」と英語の「United Nations」が完全に一対一で対応しているわけではない。一般的な呼び方としては「the Allies」が使われる。その一方で、1942年の共同宣言以後、枢軸国と戦う諸国の公式な枠組みとして「United Nations」という名称も使われた。そして、この戦時中の名称が、戦後にそのまま新しい国際機関へ引き継がれることになる。
国際連盟はなぜ第2次世界大戦を防げなかったのか?
ルーズベルトたちは、戦争に勝つことだけを考えていたわけではなかった。第一次世界大戦後には国際連盟が作られたが、アメリカ自身が加盟せず、日本やドイツも後に脱退した。大国を国際秩序の中にとどめることができず、第二次世界大戦を防ぐこともできなかった。その失敗を繰り返さないため、戦争中から新しい国際組織の構想が進められた。
1941年の大西洋憲章、1942年の連合国共同宣言を経て、戦争後半にはアメリカ、イギリス、ソ連、中国などを中心に、具体的な制度設計が進められていく。
第2次世界大戦の「連合国」が、今の国連につながったワケ
そして1945年、サンフランシスコで国際連合憲章が採択され、同年10月に新しい国際機関が正式に発足した。そのとき使われた名称が、戦時中から使われていた「United Nations」だったのである。
だから現在の国際連合は、第二次世界大戦の連合国と歴史的につながっている。安全保障理事会の常任理事国が、アメリカ、イギリス、フランス、中国、そしてソ連の地位を引き継いだロシアの五か国になっているのも、この戦時中の大国協力を土台に戦後秩序が作られたことと深く関係している。
「連合国」と「国際連合」は、日本語ではまったく別の言葉に見える。しかし戦時中の「United Nations」という名称が、そのまま戦後の「United Nations」に引き継がれた。
この事実を知ると、第二次世界大戦と現在の国際秩序が、名前の上でも一本の線でつながっていることがよく分かる。









