ADHD当事者のなちゅ。さんが、試行錯誤の末にたどり着いた「生きるコツ」を詰め込んだ『ADHDの母が伝えたい 生きづらい女の子が覚えておきたいこと』。同書に深く共感したという「精神科医さわ」氏(『「発達ユニークな子」が思っていること』著者)は、日々の診療で多くの子どもや親と向き合うかたわら、自身も発達特性のある娘たちを育ててきた。発達特性のある子にとって、いまの学校は安心して過ごせる場所になっているだろうか? 娘の不登校も経験したさわ氏に、教育現場の問題点を聞いた。(構成/藤田美菜子、ダイヤモンド社書籍編集局)

【精神科医が解説】「劣等感を抱えている子」の親がやっているなにげない行動とは?Photo: Adobe Stock

学校は「不必要な劣等感」を与えないで

――さわ先生の娘さんが不登校になったというご経験から、いま、教育の現場について抱いている課題感をお聞かせください。

精神科医さわ(以下、さわ) やはり、発達特性への理解については、先生によってだいぶ違うなと思います。「合理的配慮は特別支援級でやるもの」という考えの先生がまだまだいて、「普通級ではそこまでのサポートはできません」と言ってしまう人もいる。普通級にも、特性があってサポートが必要な子はいっぱいいるということが、もっと常識になるべきだと思っています。

もちろん、学校の先生もすごく忙しいですし、全員に個別最適な環境を用意するのは難しい。そういうことが問題なのではなく、「特性がある子を受け入れるかどうか」というマインドの問題であるように思います。

ADHDで不注意や多動がある子は、すごく叱られやすいんです。普通にしているだけで叱られてしまう。そこで私が学校に一番言いたいのは、「子どもに不必要な劣等感をとにかく与えないでほしい」ということですね。

「劣等感」という感情自体が全部悪いと言いたいわけではありません。思春期になると、自分を客観的に見られるようになってきて、あの人に比べて私は計算が遅いな、字が汚いな、背が低いな、外見的にモテるほうだな、モテないほうだな、客観的に見てユーモアがあるほうだな、ないほうだな、といろいろわかってくる。それが人間です。人と比べる能力は、生きていくうえで必要な能力だと思います。

でも、小学校低学年くらいのうちは、劣等感よりも万能感を持っていて、何でも一番になりたいじゃないですか。一番になれなかったら怒る子もいますよね。それに悩んでいる、と相談してこられるお母さんもいますが、「最高じゃないですか、素晴らしいですよ」と答えています。万能感を持つべき年齢にそれを持っているのは、すごく大事なことなんです。それがずっとそのままなのはもちろん危険ですが、日本の教育は不必要に劣等感を与えすぎだと感じます。

教育現場に「合わない子」が多すぎる

――劣等感を抱きやすいのは、学校のカリキュラムの中に「しなければいけないこと」が細々とあって、そこから外れたときに「自分はできなかった」と感じてしまう場面が多い、というイメージでしょうか。

さわ 一律の教育になってしまっているんです。本当はレベル別に分けるべきだと思います。知能だってバラバラです。もちろん平均的な子が多いのでしょうが、そこにしか学習のターゲットがない。だから、そこに満たない子は劣等感を感じてしまうし、できすぎる子にとっては物足りない。そこが日本の教育の根本的に難しいところなのかなと思いますね。

あと、日本の教育では子どもを「ほめる」ことが少ないですよね。

ママ友との会話でも、どちらかというと自分の子を落とすというか、「うちの子が学校でやらかして、電話がかかってきてさ……」みたいな会話のほうが求められる。わが子を褒めると、自慢のように思われてしまう。これは学校というより、日本社会の問題なのかもしれませんが。

ひるがえって海外では、とにかくほめる。私は大学時代、2カ月ほどアメリカに留学したことがあります。向こうの人は、ちょっとしたことで「あなたすごいわね」「I'm proud of you(誇りに思うわ)」なんて言ってくれる。とくに誇りに思われるようなことなんて何もしていないのにな……とは思うものの、それだけですごく自己肯定感が上がるんですよね。

ですから日本も、子どもに対して「誇りに思う」という言葉が日常的に出てくる社会になればいいなと思います。

精神科医さわ
児童精神科医、精神保健指定医、精神科専門医、公認心理師、医療法人霜月之会理事長
精神科の勤務医として、アルコール依存症をはじめ多くの患者と向き合う。シングルマザーとして2人の発達ユニークな娘を育てている。長女が不登校となり、発達障害と診断されたことで「自分と同じような子どもの発達特性や不登校に悩む親御さんの支えになりたい」と勤務していた精神病院を辞め、名古屋市に「塩釜口こころクリニック」を開業。老若男女、さまざまな年代の患者さんが訪れる。これまで延べ5万人以上の診察に携わっている。