
中内によれば、批判は主に東京から届いた。暴力団の山口組が物資を配ったことも引き合いに出され「ダイエーはなぜただで配らんのか」という反応だったという。それに対し、中内の答えは明快だ。「地元の商人として、地元のお客さんに対して無料で物を配るのは、市民社会の一員として恥ずかしい」。
一時の施しではなく、「お客さんが買いたい商品を供給し続ける」ことを小売業の役割としたのである。その上で、中内は価格についてこう述べている。「われわれは商人としての誠意を尽くし、物価が上がらないように努力するということです。市民社会は契約の精神で成り立っているんです」。ただで配るかどうかではなく、取引を続け、物価を安定させることが商人の誠意だという立場だ。
そして、「東京の人の理解度には失望しかないでしょう。怒りとかそんなのは通り越して、唖然(あぜん)とした」と、東京側の反応には、中内は強い言葉を使って反論している。
災害時、企業は「与える」べきか、「売り続ける」べきか。この議論には、当時はっきりした決着はついていない。ただ後年、「いつもの値段で売り、便乗値上げを抑えた」という評価が被災者の証言や報道で広く語られるようになった。「無料でないこと」への批判は、「店を開け続けた」という評価に置き換わっていったといえる。
一方で代償も大きかった。被害総額は約500億円、当期損失は260億円に上った。ダイエーはバブル崩壊後、業績不振や巨額の不動産の含み損により産業再生機構の支援を経て、2015年にイオングループの完全子会社となり、上場廃止となる。中内は後に、業績悪化の要因として震災が「駄目押しとなった」と振り返っている。(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)
国に対しては怒りもない
失望感だけだね
――経団連などの役職辞任は災害直後に決意したのですか。
経団連や協会の役員をやっていることの意味を考え直したわけであってね。まあ、そこから先は言いたくないし、言うべきじゃない。やはり自主自律・自己責任でやらざるを得ないということですかな。
――財界の力をまとめて、神戸復興に役立てたいとは考えなかった。
他人の力を頼みにしても難しいでしょう。公共放送のNHKでも、あの災害の最中に相撲を放送しとったんだから。5300人に近い人が死んでる一方、相撲を全国中継している。これを見れば、誰かに頼むなんてことを考えたって、意味がないことでしょう。
――大震災の現場で、涙を流したことはありますか。
いや、涙を流すというよりも、国に対して絶望しただけだよね。この国になぜ税金を払っておったかなと思ってね。そういう意味の反省はあったけど、涙を流すなんて感傷的なことはない。
――怒りの方が強い。
怒りもない。失望感だね。
――自助努力で一番最初にやるべきことは。
神戸はダイエー発祥の地です。ダイエーをここまで育ててくれたお客さんに対して、われわれがやるべきことをもっとやるべきなんです。東京のお客さんの一部は、無料で配っている店があるのに、なぜダイエーは売っているのかと言う。われわれは商人としての誠意を尽くし、物価が上がらないように努力するということです。市民社会は契約の精神で成り立っているんです。
最初はただ傍観者的に、山口組がただで配っておるんや、ダイエーはなぜただで配らんのかという程度の反応でした。東京の人の理解度には失望しかないでしょう。怒りとかそんなのは通り越して、唖然(あぜん)とした。
――店舗を再開し、安い価格で生活必需品を提供することが最大の使命だと。
そう。それがわれわれの仕事だからね。仕事を通じて、神戸とか、阪神間の地域社会に貢献する以外に方法はないわけであって、なんぼ市や県や国に頼んでみたところでね。何遍も言うように、自主自律・自己責任で市民社会をどのように再建するかということです。
「週刊ダイヤモンド」1995年2月18日号
――同じ小売業で、おにぎりなどを無料で配った企業もありました。
そういう会社もあるけど、われわれは地元の商人として、地元のお客さんに対して無料で物を配るのは、市民社会の一員として恥ずかしい。遠くから救援物資を送ってくれるのはありがたいけれど、最初の段階ではそうした物資の配送は非常に困難だった。われわれは商人として、お客さんが買いたい商品を供給し続けるということです。







