The Legend Interview不朽
 セブン&アイ・ホールディングスの名誉会長、伊藤雅俊(1924年4月30日~2023年3月10日)は終戦直後の1945年、21歳のときに、母、兄と3人で東京・千住に軒下洋品店「羊華堂」を開いた。56年に急逝した兄の後を継いで社長に就任すると、欧米で生まれたチェーンストア業態に学んだヨーカ堂の店舗網を広げて成功する。同じく米国からレストランチェーンのデニーズ、コンビニエンスストアのセブン-イレブンも日本に導入、展開し、小売業として利益1位という地位を築いた。

 伊藤は自著『商いの道』で、成功の秘訣について「お客さまとお取引先を大切にする」「うそをつかない」「感謝の心を忘れない」といった“人間としての基本”を毎日飽きずに繰り返すことだと記している。「小売業は人が命の商売だから、何よりも人の気持が大事で、人と人の信頼関係を大切にしなければ、うまくいくものもいかなくなる」とかねがね語っていた。

 また、伊藤の専用応接室には当時、「商人の道」と題された詩歌が掲げられていた。現状に安穏としてはならぬという心得を説いた内容で、これも伊藤の処世訓だった。

 そんな伊藤に、「顧客サービス」について真正面から尋ねたインタビュー記事が、「週刊ダイヤモンド」1997年12月20日号に掲載されている。自身がまだ一人で商売をやっていたころには、客の財布の中身まで分かっていたと伊藤は言う。「切実感を持って関心を抱くと、お客のことが分かるようになる」。それがサービスの基本だと語っている。(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

体を動かす前に
細かいことばかり考えるな

――最近「顧客サービス」という言葉を、今さらながら多くの経営者から耳にしますが、なぜでしょう。

「週刊ダイヤモンド」1997年12月20日号1997年12月20日号より

 これからはサービス・情報化社会になると私が言い始めたのは、ずいぶん以前のことです。

 小売業でも店とお客との間の心のつながりが欠けるようになってしまった。ギスギスした世の中だからこそ、潤滑油が必要とされているのでしょう。

――伊藤さんが考える良いサービスとはどのようなものですか。

 サービスを評価するのは、実に難しい。受け手と出し手の組み合わせ次第で、評価がいかようにも変わるからです。対人関係と同じです。どうしても虫の好かない相手だっています。

 しかも、人それぞれに価値観は多様です。ベストセラーとなった『マディソン郡の橋』を読んで、感動して泣いた人がたくさんいたといいます。その人たちは浮気の経験があるのではないかな(笑)。私は家内とその作品を映画で見ましたが、なんの感慨もありませんでした。

 強いて言えばこういうことでしょう。例えば、仕事帰りに一杯やろうと立ち寄る店があるとします。普通のサラリーマンなら、奥さんに叱られない範囲、3000円程度で、飲み代を済ませたいと思うはずですね。このプライスゾーンでおいしい酒やつまみを提供し、お客を満足させることもその店のサービスの一つです。

 それに加え、その店が醸し出す雰囲気、彼がそのとき一緒に酒を酌み交わす相手、そして会話、その全てが、エンターテインメントとして、サービスに相乗効果をもたらすのです。