部下や取引先の話を、途中で「わかります」と引き取ってしまう。共感を示したつもりなのに、相手はそれ以上話してくれなくなる。気づけば、肝心なことを何も聞けないまま会話が終わっている。そんな経験に心当たりがある人にぜひ読んでほしいのが『頭のいい人が話す前に考えていること』(安達裕哉著)だ。聞き上手のつもりなのに信頼されない人がつい口にしているひと言と、本当に頭のいい人がその代わりにしていることを、本書から引用しつつ紹介する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
Photo: Adobe Stock
「わかります」で、会話が止まる
部下が、仕事の悩みを話し始めた。
取引先が、自社の課題について説明してくれた。
その途中で、つい「わかります」「わかるよ」と相槌を打ったり、「要するに◯◯ですよね」と話を引き取ったりしてしまう人がいる。
本人に悪気はない。
むしろ自分では聞き上手のつもりで、共感を示したり、話が早く進むように気をつかったりしているのだ。
しかし、話していた側からすると、まだ言いたいことの半分も伝えていない。
「本当にわかっているのかな」「もう話さなくていいか」と、口を閉ざしてしまう。
本書も、話を聞くときに安易に「わかった」と言うと嫌われる、と指摘している。
「わかります」の裏には、「自分はもう理解している」と示したい気持ちが隠れている。
人は、知識や経験があるほど、それを見せたくなる生き物だからだ。
本当に頭のいい人は“知らないふり”をする
では、頭のいい人はどうしているのか。
そのヒントになるのが、次の一節である。
しかし、クライアント先で彼は、その能力や知識を誇示するどころか“知らないふり”に徹していたのです。
私は彼の言動を見て、真に頭のいい人は賢いふりではなく、“知らないふり”ができる人なのだと学びました。
――『頭のいい人が話す前に考えていること』より
本書には、Aさんとクライアントのやりとりが紹介されている。
新商品のプレスリリースを出したのに、まったく反響がなかった。
そう相談されたAさんは、資料のどこに問題があるのか、ひと目でわかっていた。
しかし、答えは言わない。
代わりにこう尋ねる。
「差し支えなければ、逆にみなさんが今回、何が原因だとお考えか、教えていただけないでしょうか?」
クライアントが「差別化の失敗だと思う」と答えると、「どこが競合他社と違うのですか?」「具体的に品質の何が違うのでしょうか?」と、さらに聞いていく。
すると、責任者自身が答えに詰まり、担当者を呼び出した。
Aさんは担当者にも「ここをもう少し詳しく説明してもらってもいいですか?」と聞くだけだった。
それなのに、最後にはクライアント自身が問題に気づき、「こうすればよかったんだ」と満足して帰っていったという。
後日、責任者からは、Aさんを「知的で信頼できる人」と評価するメールが届いた。
知識は、披露するものではない
Aさんの知識は、相手よりも圧倒的に多かった。
「マーケティングとはこうあるべきだ」と語ることもできたはずだ。
それでも、そうしなかった。
本書は、その理由を“知識は披露するのではなく、だれかのために使って初めて知性となる”と説明している。
答えをそのまま教えても、相手の腑に落ちなければ、行動は変わらない。
一緒に考え、自分で気づいてもらうほうが、相手の心は動くのだ。
相手の話を聞いていて「わかった」と思っても、口を挟む前に、ひと呼吸おく。
そして、「もう少し詳しく教えていただけますか?」と聞いてみる。
相手は気持ちよく話を続けられるし、自分がわかったつもりになっていただけだと気づくこともある。
わかっていても、あえて言わない。
それが、相手から「この人は信頼できる」と思われる近道なのではないだろうか。








