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ちょうど40年前の1986年11月1日、日本国有鉄道(国鉄)はその38年間の歴史で最後となるダイヤ改正を実施した。5カ月後の1987年4月1日にはJR旅客6社と貨物1社が発足するが、事前の準備や当日の作業を必要とするダイヤ改正を、会社発足と同日に行うというのは現実的ではない。つまり、国鉄最後のダイヤ改正は、事実上、JR最初のダイヤ改正でもあった。そこには、民営化を目前に控えた国鉄が、限られた時間の中でサービス向上と効率化を両立させようとした、知られざる舞台裏があった。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)

長期債務は15年で10倍超
国鉄を追い詰めた赤字経営

 国鉄分割民営化は今の時代では考えられないスピードで進められた。1957年度以降、黒字経営だった国鉄は、1964年度に赤字転落すると、1966年度に繰越欠損金を計上。1969年に10カ年の財政再建計画を策定したが、1971年度に償却前赤字となり、累積赤字は1972年度に1兆円、1974年度に2兆円を超えるなど、状況は悪化の一途をたどった。

 国鉄は赤字経営にあえぎながらも、首都圏の通勤輸送、新幹線建設などの政治的・社会的要請に対応した大規模投資を続けざるを得なかった。不足する資金を借金で調達したことで、長期債務残高は1965年度の約1.1兆円から1969年度に2.2兆円、1974年度に5.5兆円、1979年度に12.7兆円と雪だるま式に膨れ上がった。単年度の赤字も1980年度以降、1兆円を超えるまでになった。

 そうした中、1980年12月に施行されたのが日本国有鉄道経営再建促進特別措置法だ。同法は経営の健全性を確保するための基盤を1985年度までに確立するため、業務の効率化、運賃改定による増収、職員の削減、ローカル線の廃止などを中心とする経営改善計画を策定したが、計画は未達に終わった。