大手紳士服チェーン「しきがわ」の販売スタッフ高山 昇は、経営幹部の逆鱗に触れ、新設の経営企画室に異動させられてしまう。しかし高山は、持ち前の正義感と行動力を武器に、室長の伊奈木やコンサルタントの安部野の助力を得ながら、業績低迷が長引く会社の突破口を探すべく奮闘。若き経営参謀として一歩ずつ成長する――。企業改革に伴う抵抗や落とし穴などの生々しい実態をリアルに描く『戦略参謀』が8月30日に発売になりました。本連載では、同書の第1章を10回に分けてご紹介致します。
**組織改編の密談
添谷野令美は、役員用の応接ルームに向かって歩いていた。
ラルフローレンブラックレーベルのスーツを着て、ジミーチュウのパンプスで歩くその出で立ちは、「紳士服のしきがわ」の他の女性社員とは違い、絵に描いたような外資系キャリアウーマンのそれだった。
髪もメイクも品よくまとまっているが、唇が薄く神経質そうな顔つきのために、通路ですれ違う社員に見せる愛想笑いは、かえって相手を委縮させた。
「専務、失礼いたします。人事部の添谷野です」
ドアの前で立ちどまり、ノックをすると、「おう、入れや」という声が中から聞こえてきた。応接ルームのドアを開けて中に入ると、専務の阿久津剛次が一人でソファに深く腰掛け、煙草をふかしていた。
阿久津は高級そうなライトグレーのスーツを着ていた。
添谷野はそのスーツを見て、このスーツ、まるでランバンみたい。「しきがわ」でも、このクラスの生地を使ったスーツを扱っているのねと一瞬思った。
人事部長の立場ゆえ、阿久津の実年齢が60歳だとは知っていたが、あんこ型の体型に腹がポッコリと出ており、髪も薄く、白髪のほうが多いその容姿は、どう見ても60代後半だった。
もう長いこと店頭にも立っていないようで、腕や脚の筋肉は落ち、その色白さと相まって、あまり健康そうには見えなかった。
「最近は、どこで煙草を吸うてもええっちゅうご時世やないからなあ」